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百周年の機会に日本に伝えたいこと

ニッケイ新聞 2008年6月20日付け

 百周年という節目に自らの襟を正すと同時に、愛する祖国日本にも一言いいたい、そんな思いを抱く人は多いだろう。ブラジルのこんなことをもっと日本の人に知って欲しい、コロニアのこんな部分を理解して欲しい、という意見を聞いてまわった。「日本文化を子孫に継承するだけでなくブラジル一般社会にも広めている」「ブラジルに住んでいるからこそ分かる、この国良さとそこから比較した日本が余計に分かる」「外国に住む日本人だからこそ見える何か」などの愛情を込めた叱咤激励や、自らの存在にもっと注目や理解をしてほしいという〃恋文〃のようなメッセージまでいろいろな思いが、そこには込められている。


山村 敏明(鹿児島県出身、67)
サンパウロ州レジストロ在住
我々は民間〃外交官〃
 もう少し日本の若者にブラジルのことを認識して欲しい。そうでないと、いくらこちらから交流をしたくても盛り上がらない。とにかくもっとブラジルを知って欲しい。
 我々は民間〃外交官〃として、日本文化継承に日夜努力している。日系人だけでなく、ブラジル人にも教えている。こういう努力をしている人たちがいることを、日本の人に知って欲しい。
 移民史は日本の教科書にも載っていない。学校が教えない。日系社会は百五十万人もおり、日本の幾つかの県よりも多いぐらいだ。これは日本にとっても大きな財産のはず。
 アフリカに何千億ドルとか援助するらしいが、アフリカがブラジルのような強い絆をもった親日国になるのに何十年もかかる。
 ここには北は北海道、南は沖縄までがミックスし、さらにブラジル文化も混じったコロニア文化、コロニア語がある。日系社会の価値を見直して欲しい。


近岡マヌエル(二世、60)
サンパウロ州レジストロ在住
多民族が平和共存する国
 二十年前にデカセギブームが始まるまで、日本の人はブラジルのことはアマゾン、リオのカーニバルしか知らない状態だったと聞いている。
 日本移民は百年前、黒人奴隷の代わりに導入され、辛い苦しいこともあったが、ブラジル社会に根付き、国家建設に貢献してきた。
 ブラジルは欧米に比べれば遅れているが、チャンスのある国だ。まだまだ機会はあふれている。
 日本進出企業が来ても、日本食がすでに広まっているから、ブラジルでも食べ物に困ることはない。これは日本移民のおかげ。
 日系人は団結が強い。レジストロもそうだ。ブラジル社会では日系人の存在は幅広く認められている。ここではいろんな国の人が来て、平和に暮らしている。こんな国は世界中探しても少ない。


森本 勝一(高知県出身、73)
サンパウロ州サンロウレンソ・ダ・セーラ在住
礼儀や公共心
 近ごろ日本にいって感じるのは、若者に礼儀や公共心が無くなってきていることだ。JRの電車に乗っていても、若者がシルバーシートにデンと座っている。目の前に人が立っていても、自分の横の座席に荷物を平気でのせている。しゃくにさわることがあるよ、こっちは立っているのに。
 その点、ブラジル人はバスでも我々ぐらいの年になると席を譲ってくれる。日本に比べて教養が高いとは言えないが、そういうところはみな持っている。
 高知県人会に行っても、みんな六十歳を過ぎていて、バスとかメトロで席を替わってくれるとは、そんな話はしょっちゅう聞く。
 大国ニッポンはそんなことでいいのか。


北原 徳美(愛媛県出身、82)
サンパウロ市在住
ブラジルの将来性
 日本政府には五十年先のブラジルの将来性を考えて、しっかりとブラジルを握っておいてほしいと思う。
 日本政府はアジアにばかり目が向いているようだが、これだけの日系人がいる拠点を軽くみている。
 ブラジルは世界の食糧倉庫だ。もっと日系人を良い意味で利用してほしい。JICAもブラジルから腰を上げ気味だし、もっと活用したらいい。日系人が信用されているブラジルは、その価値がある。


名嘉 正良(沖縄県出身、73)
南マット・グロッソ州カンポ・グランデ市在住
市民の食生活を変えた
 沖縄ソバは市の無形文化財に指定され、市民全体に愛されている。沖縄県系人はカンポ・グランデ市民の食生活を変えた。
 カンポ・グランデには沖縄ソバ屋が六十~七十軒はある。ブラジル人はみんな家族連れで食べに来るから、それだけあっても行列ができる。
 沖縄ソバは本当は豚肉をのせるが、ここでは牛肉が基本。牛肉なら、ブラジル人でも誰でも食べられる。ほとんどの人はそれじゃ足りずに、エスペチーニョも注文して一緒に食べる。
 それだけじゃなく、空手、琉球舞踊、太鼓などもブラジル人に広めている。
 このような形での貢献が行われていることを、もっと日本の人に知ってもらいたい。


新川 一男(広島県出身、73)
サンパウロ市在住
差別なく日本人受け入れ
 ブラジル人が人種差別をせずに我々を受け入れてくれたことを、日本の人に知ってほしい。差別があったら、こんなに日系人の成功者はでなかった。
 今、ブラジルから日本にデカセギが三十万人以上行っているが、我々がブラジルから受けたような扱いを、デカセギが日本から受けているだろうか。我々一世がブラジルで受けたような態度で、日本の人に接して欲しい。
 私がブラジルに来て五十年経つが、その当時から〃二十一世紀の大国〃といわれて我々は移住を勧められたが、最近になってようやく実際になりはじめてきたような感じがする。


和田一男(二世、84)
サンパウロ州ソロカバ在住
長期的な戦略を
 戦後、いっぱい日本企業が進出してきた。ブラジルに五百社きたが、景気が悪くなると一斉に引き上げてしまった。
 惜しいなあ、と思う。トヨタなどは昔から良い車を作っていた。長い目で見て作り続けていたから、今度の新しいカローラの成功につながった。ここには続けるという発想がある。
 今も進出企業が増えているが、また景気が悪くなったら減るのでは悲しい。長期的な戦略を持つ企業がもっとあってもいい。


内山 文男(群馬県出身、80)
サンパウロ市在住
移民の歴史を知って欲しい
 移民がどうしてブラジルに来たのか、という歴史をもっと日本の人に知って欲しい。そこには日本の近代史がある。ロシア革命、戦前の警察の弾圧を逃れてきた人もいる。
 アメリカは大恐慌、日本も不景気、そんなときに「南米には金のなる木がある」という政府の宣伝にのってきた。国策移民だ。
 植民地で開墾した苦労、マラリアや風土病にたくさん倒れた。山の中で医者もいない。手当てもされずに死んでいった人がたくさんいる。戦前の移民の大部分がそうだった。
 でも、それが結果的にブラジルの近代化に貢献した。


新川 一男(広島県出身、73)
サンパウロ市在住
差別なく日本人受け入れ
 ブラジル人が人種差別をせずに我々を受け入れてくれたことを、日本の人に知ってほしい。差別があったら、こんなに日系人の成功者はでなかった。
 今、ブラジルから日本にデカセギが三十万人以上行っているが、我々がブラジルから受けたような扱いを、デカセギが日本から受けているだろうか。我々一世がブラジルで受けたような態度で、日本の人に接して欲しい。
 私がブラジルに来て五十年経つが、その当時から〃二十一世紀の大国〃といわれて我々は移住を勧められたが、最近になってようやく実際になりはじめてきたような感じがする。


中野 文雄(福岡県出身、86)
サンパウロ市在住
農業への貢献
 移民全体に対する知識がない。日本人が農業に貢献したことは、ブラジルでは評価が高い。特に野菜、果物など「ブラジル人の食生活を変えた」とよく言われるが、これは確かにあった。
 最初、カフェを育てるのに、日本人は肥料を入れて、ブラジル人から「バカだ」と言われたが、四年、五年たっても良いのが出来ると、みんなが肥料を入れ始めるようになった。
 日本人は勤勉、真面目という評価は広く認められている。それは、日本人が悪いことをしたら、同胞の恥だとやらなかったからだ。


小川 和巳(広島県出身、79)
サンタカタリーナ州ラモス移住地在住
平和のための交流促進を
 移住があってこそ、本当の交流がある。私はブラジルにきて本当によかった。ここは資源が豊富な国だが、日本は外国から資源を輸入して栄えている。日系の血が多いブラジルと、本気になって交流することを望みます。
 斎藤準一空軍総司令官、小原彰陸軍予備役少将などと、私はいつも平和活動について話をさせてもらっています。
 斎藤総司令官は「ブラジルの軍隊は平和を守るための軍隊です。戦争をするための軍隊ではない」とはっきり言われます。
 ここには独特の平和思想があります。日本とブラジルは平和という面でも手を組めると思います。


岩井 元長(福岡県出身、74)
コチア市在住
ブラジル人の良いところ
 ブラジル人の良いところをもっと知ってもらっても良いと思う。アテネ・オリンピックのマラソンで惜しくも銀メダルになったバンデルレイ・リマ選手なんかは、まさにとても平和で、穏和なブラジル気質の典型といっていい人だ。
 ブラジルのメディアも国内の暴力事件ばかりとりあげる傾向があるけど、けっしてそればかりじゃない。
 私は四十四年前に移住してきたが、あの頃は、インフレもなくてすごく住み心地の良い時代だった。ブラジル人の国民性の良いところばかり見えた時代だった。
 もっと交流を深めて、お互いの良い点を知り合ったらいいと思う。


本田 文男(茨城県、70)
サンタカタリーナ州ラモス移住地在住
伝統文化の価値
 我々の移住地は、生活そのものが日本文化。日本の伝統文化の価値を再認識して欲しい。外国で日本文化を守ろうとしている人がいたら、もっと協力の手をさしのべて欲しい。
 日本人が西洋のマネをしても世界に通じない。日本独自の文化を大切にして、日系、非日系関係なく、日本文化を広める活動に協力してほしい。
 日本文化の本当の価値、素晴らしさは、日本を出てみないと分からない。我々は日本を出た人間だからこそ、日本文化の良さ、尊さが身にしみて分かる。そういう声に耳を傾けて欲しい。


松本 正夫(福岡県出身、91)
サンパウロ市在住
古き良き日本がここに
 今の日本は乱れているようだな。親が子を殺したり、子が親を殺したり。それに最近の秋葉原の事件とか、自殺願望だとか。それが本当に残念でならない。僕はコチコチの日本人だから。
 大宅壮一は「明治の日本人を見たければブラジルへ行け」と言ったそうだが、ここには明治の日本人の心、古き良き日本がまだ残っている。
 そういうものをなんとか二世、三世に伝えたいと思って、剣道や詩吟、ラジオ体操をやっている。
 祖国のことを心から心配し、憂いている日本人が、ブラジルにはいることを知ってもらいたい。

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