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移民信者を救った使徒=中村長八神父の本出版

ニッケイ新聞 2008年12月6日付け

 長崎県五島列島出身で隠れキリシタンの末裔として生まれ、日本初の海外布教師として一九二三年に渡伯したドミンゴス中村長八神父は、日系カトリックにとって特別な存在だ。その生涯を辿った『ドミンゴス中村長八神父(ブラジル日本移民の使徒)』(ペドロ大西著、聖母の騎士社)は、貴重な日本移民史の一部を著している。
 歴史上稀にみる殉教者を出した日本から来た日系信徒の歴史は、世界最大のカトリック国ブラジルにおいて異彩を放った。二百年の長きにわたる潜伏生活に耐えて渡伯した隠れキリシタンの末裔は、言葉が通じず、初期入植信徒の落胆はひどかったという。
 そこへ、干天の慈雨のごとく現れたのが、日本語でミサを司る中村神父だった。五十八歳だったにも関わらず、一九二三年に志願して渡伯。以来十七年間、伯国で教区を持たず、常に巡回宣教師として聖州、パラナ州、南マット・グロッソ州、ミナス州などの、祖国に数倍する広大な地域に散らばった約八十箇所の信徒の家を巡歴した。
 「彼は約六十キロもあるミサ典書や石の祭壇、その他のミサ用品を入れたトランクと、私物を入れたトランクの二つを持ち歩いていました。(中略)たった一人(の信者)であっても、十キロメートルやそれ以上も訪ねていったのです」(百十三頁)。
 そして清貧のうちに過ごし、二度と祖国の土を踏むことなく、四〇年にアルバレス・マッシャード市で亡くなった。
 その業績を顕彰するために日伯司牧協会では八四年に調査委員会を設置、九一年にはア・マッシャードに記念館竣工、〇二年には福者に列するための調査も開始した。
 この本は〇七年末に長崎県で発行され、今年ブラジルに届いた。ポ語版もあり、共に二十レアル。日伯司牧協会(11・3277・5866)で取り扱っている。

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