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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第69回

ニッケイ新聞 2013年5月8日

 叫子がソファを立とうとした。小宮はそんな叫子の腕を取って引き止めた。その弾みで叫子がソファに転げるように倒れかかった。小宮はそのまま叫子を抱き受け止めた。叫子が小宮の顔を見つめた。
「帰るな」
 小宮が強い口調で言うと叫子は黙ったままうなずき目を閉じた。叫子を強く抱き締めて唇を重ねた。小宮は彼女を抱き上げたまま寝室に入った。寝室にはジャカランダというブラジル特有の木材で作ったベッドが置かれていた。木材の合板技術がブラジルには導入されたばかりで、合板を用いた色彩豊かなベッドが流行っていた。立派な彫刻が施されたコロニア風のベッドは中古の家具屋に売り払われていた。小宮はキングサイズのそのベッドを中古の家具屋から運ばせて使っていた。
 二人がベッドに倒れ込むと軋む音がした。小宮は日差しを遮る厚手のカーテンだけを開けた。日はかなり高くなっていた。強い日差しをレースのカーテンが少し和らげてくれた。むしり取るようにTシャツを脱がせると、ブラジャーからこぼれ落ちそうな豊かな胸の膨らみが小宮の欲望をかき立てた。叫子は少し体を起こして自分でブラジャーを外した。
 まだぬれている彼女の縮れた髪を掴みながら小宮はキスをした。叫子の腕が小宮の首に絡み付いてきた。小宮は唇を首筋から胸へと這わせた。叫子は声にならない静かな溜め息を一つもらした。
 彼女の胸に手をやった。弾力性のある豊かな胸だ。ブラジルにきてから寂しさを紛らわせるために何人もの女と寝た。白人、黒人、黒人と白人の混血、モレーナ、いろんな肌の女と寝た。しかし、黒人と日本人の混血は彼女が初めてだった。
 乳首は黒人のものとほとんど同じように黒かったが、肌の色は浅黒く、ミルクを少しだけ混ぜたカフェコンレイチのような色だった。その肌の色を確かめるように小宮は叫子の体にキスをした。微かな体臭がした。
 叫子は体を弓なりに反らせながら、小宮の愛撫に身を任せた。小宮はトランクスとパンティをはぎ取り、小宮は体を重ねた。叫子はまた一つ大きな吐息をはいた。小宮の腰の動きに合わせ、彼女の吐息は激しく短くなっていった。
 叫子は小宮の背中に両腕を回し抱きつき、小宮の動きを止めようとした。小宮は体を重ねたまま反転した。体を上にした叫子の髪を掴んで唇を重ねた。
「好きだよ」と小宮が言った。
「私もよ」切なそうな声で叫子が答えた。
 小宮は馬乗りになった叫子を突き上げた。ベッドが激しく軋んだ。叫子の吐息は喘ぐ声に変わっていた。二人はお互いに手を繋ぎながら同時に絶頂を迎えた。

 二人はそのまま眠った。どれくらい寝てのだろうか。目を覚ました時、外には焼けつくような太陽が照っていた。
「こんな時間だわ、帰らなければ」
 最初に目を覚ましたのは叫子の方だった。
「何時だい」
「三時を少し回ったところ」
「私、帰るわ」
「待てよ、叫子さん」
 ベッドから起きようとする彼女を制して小宮が言った。
「帰ることないよ」
「えっ」
「帰るなって言ったんだよ」
「どういうこと……」
「一緒に暮らそう。もし君さえ良ければの話だけど」
「それって、結婚ということ、プロポーズなの……」
「そう思ってほしい」
「だって、私たち二回しか合っていないのよ」
 冗談を言われていると叫子は思ったようだ。


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