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リオ五輪で期待のブラジル柔道=強化・普及の源流を探る=(5)=社会底辺とがっぷり組み合う=犯罪者予備軍にしつけ指導

ニッケイ新聞 2014年2月11日
渡部希一さん

渡部希一さん

渡部希一さん(神奈川)=サンパウロ州サルト市在住=は74歳を迎えた現在も、指導者として第一線に立っている。サルト市で行われている無料柔道教室で「防犯柔道」との理念を掲げ、〃犯罪者予備軍〃になり得る貧困層の子弟らを主な指導対象とし、社会の底辺層とがっぷりと組み合う

柔道の始祖、嘉納治五郎の薫陶を受ける東京教育大学(現筑波大学)の柔道部出身で講道館の段位は6段。1962年の渡伯以来、農業分野からブラジル社会に深く入り込んだため、ポ語も堪能だ。

「長らく柔道の世界から離れていた。引退したら再び柔道を」との思いから、サンパウロ州カタンドゥバを拠点に営んでいた農業をやめた後、聖南西地区の柔道教室などで指導に携わるようになった。サルトでの教室に携わるようになったのは、12年の中ごろから。もともとは相撲の競技者だった26歳の女性職員とともに、約120人の指導にあたる。

冒頭に挙げた「防犯柔道」とは何か。身を守るための護身術を想像した記者は、渡部さんに「そうじゃないんだな」とたしなめられた。麻薬の誘惑に引き込まれそうな貧困層の子供に柔道を教えることで、正しい道を歩む強い心を持ってもらうことがその趣旨であり、事実、スポーツ局だけでなく福祉局が一緒になって柔道教室の予算を組んでいる。

柔道の価値を認め、素行不良が懸念される層のしつけに効果があるとして実際に予算をつけているサルト市役所について聞くと、渡部さんは「今のスポーツ局のトップ(リノ・ファシニ・ジュニオル局長)は、Jリーグの京都サンガでも3年間トレーナーを務めた経験があり、日本のしつけの精神を理解している人。だからこそ私自身もやりやすいし、居心地も良い。少なくともサルトにおける柔道はAlem de esporte(スポーツ以上のもの)。私自身もそう信じている」と話した。

強化・普及の本流たる五輪向けのエリート柔道とは別に、いわば社会の底辺層に向けて日本的な哲学や「しつけ」を浸透させるスポーツとしても柔道が根付いている。

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サンパウロ市から北へ約250キロ、サンパウロ州との州境に位置する温泉の街ミナス州ポッソ・デ・カルダスも、市役所が予算を組み、貧困層向けの無料柔道教室を開講する自治体の一つだ。松尾三久さん(71、東京)はここで35年以上に渡って指導を続ける。

東京農大の柔道部出身で、競技が盛んなパラナ州ロンドリーナで指導経験のあった松尾さんは、1977年に同地に移り住んだ。同地で道場を経営する知人に誘われたことがきっかけだった。

ポッソ・デ・カルダスに指導者として着任した当時、門下生は富裕層の子弟ばかり。さっそく日本式の厳しい指導を施すと「すぐ泣く、わめく。父兄も非常にうるさく、皆すぐやめていった」。結果的にごく僅かだった貧困層の生徒しか残らなかった。それをきっかけに市役所にかけあって窓口になってもらい、貧困層の子どもを集めて無料指導を始めた。(つづく、敬称略、酒井大二郎記者)

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