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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(167)

 『天眼通』の像に写る過去のジャングルの中にいるブラジル日系野戦羅衆団の先鋭隊の下にたくましくなったインディオ羅衆団が次々と現れると状況が一変、悪霊達は、武仏となったインディオ羅衆に追われ逃げまどった。悪霊に惑わされ。迷って中立を守る羅衆達はブラジル日系野戦羅衆達に説得され投降し始めた。しかし、それにも増して悪霊達も増えていた。
「敵の数が余りにも多く・・・。依然、五分五分の戦いが続いています」
 中嶋和尚は、黒澤和尚の密教の祈りと念仏を混ぜた鋭利な声を耳にしながら思案した。
『有り余るほどの不可視のエネルギーと無煙エネルギーの応援を得て、六神通力を百パーセント駆使して戦っても、そこに、仏様達を感じないのは何故であろう。こんな遠くの、地球の裏側まで仏さま達は来て下さるのだろうか? もしかして、ブラジルは、アマゾンで感じた無仏地帯なのか?』中嶋和尚は不安になった。
「黒澤和尚、ブラジルまで仏様達は来て下されるでしょうか? ブラジル日系人の願いは仏様達に届くのでしょうか?」
 中嶋和尚の問に、お祈りを中断して黒澤和尚が、
「なに、迷った事を! 勿論来て下さいます!」
「しかし、仏さま達のプレゼンスを感じないのですが」
 中嶋和尚の言葉に黒澤和尚はハッとして、
「確かに! 大事な事を忘れていました。仏界の助けを求めるには『密言』と一緒にその理念を行動で示す『印契』(いんけい)を結ばなくてはなりません」
「『印契』を?」
「密教での『印契』は、約束の『印』と『誓い』を仏様に示す行為です」そう言って、黒澤和尚は最も一般的な左手の人差指を右手で握ると、
「密教の『智拳印』(ちけんいん)のいんそう;印相です。中嶋和尚もお願いします」
 中嶋和尚は黒澤和尚を真似て『印契』を結んだ。
「これは、『金剛界』の『大日如来』特有の印相で仏智に入る、すなわち仲間入りする事を象徴します。それに、仏界への扉を開く鍵を象徴して、素直に助けを求める行為です。まず、『大日如来』様にお願いし、ブラジルを仏界の世界へ仲間入りさせてもらいましょう」
 『智拳印』を結んで一分足らずでローランジア条心寺別院(架空)の本堂の天井が輝き始めた。その輝きの中から奈良の大仏の姿の『大日如来』を中心に、東に『阿閦如来』、西に『阿弥陀如来』』、南に『宝生如来』、北に『不空成就如来』の五仏と、その両脇に密教が得意な『金剛波羅蜜菩薩』、『金剛薩埵菩薩』、『金剛宝菩薩』、『金剛法菩薩』、『金剛業菩薩』の五大菩薩を従えた壮々たるメンバーが顕れた。
 更に、『天眼通』術で映し出された過去のサンパウロの夢幻像のジャングルの中にも、守護天である『帝釈天』、『梵天』、『持国天』、『増長天』、『広目天』、『多聞天』の諸武天が現れ、仏教に帰依したインディオ羅衆団の支援を始めた。
 その後に、『不動明王』、『降三世明王』、『軍荼利明王』、『大威徳明王』、『金剛夜叉明王』の五大明王が怒りを露に現し、ブラジル日系野戦羅衆団の支援に現れ、完全仏装天王集団が結集された。
 勝敗は闘わずして決まった。悪霊達に惑わされていた無数の羅衆達が壮観な仏界側に投降した。形勢が一変した。ジャングルの勝手を知り尽くすインディオ羅衆団に追い詰められた悪霊達が逃げ場を失い、過去のジャングルから現在のサンパウロに抜ける短絡トンネルを血眼で探し始めた。
 時空を歪ませて造られた短絡トンネルは簡単には見つからなかったが、入口を発見した悪霊達は、時間を歪ませて作られたトンネルの、何億もの選択肢のあるラビリンスにはまり、永遠の迷路に封じ込められていった。
 悪霊達の混乱に紛れて逃亡を企てた森口の魂もその迷路に封じ込められた。

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