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日本人とインディオの〃深い関係〃

 戦前に邦字紙『サンパウロ州新報』を創刊した笠戸丸移民の香山六郎は1908年6月、サントス港から移民収容所に向かう汽車の中で、〃移民の草分け〃鈴木貞次郎から「ブラジルには日本人に似た土人がいるよ」と聞かされた。香山は「その土人は日本語を話すんですか?」と感激して問うと、鈴木は無言で見つめ返し、この馬鹿が、というような表情を浮かべたと『香山六郎回想録』(人文研、76年)の終章にある▼香山は日本大学予科で学び、雑誌記者として与謝野晶子、徳富蘇峰らと接触もあったインテリだ。その彼をして「土人は日本語を話すんですか?」と言わしめたのは、遠く離れたブラジルの中に、わずかでも祖国につながる何かを見出したいという儚い期待感の故だろう▼香山は戦後、『移民四十年史』編纂という大仕事を終えた後、生涯の最後をツピー・グワラニー語研究に捧げた。《ツピー音語の意味が日本語と同じ、または類似のものを数多く見出し、私の全身の血も神経も希望にたぎりだした》《日本語と深い関係があるのじゃないか》(同『回想録』)との心境に達し、3千語の辞書として51年に刊行した▼残念ながら今の言語学の視点からは日本語とツピー語の間に関連性は認められない。だが10月24日付エスタード紙で、ミナス州のインディオの頭蓋骨からポリネシア人と一致する遺伝子が検出されたとの研究成果の記事が出ていた。日本人がポリネシア人と近いことは言うまでもない。香山が期待した《日本との深い関係》は言語学的にはムリだったが、遺伝子的には証明されつつある――この記事を香山が読んだらどう思うだろうかと感慨を覚えた。(深)

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