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パナマを越えて=本間剛夫=33

 しかし、司令部医務室には増員すべき軍医も衛生兵の余裕はない。その上、南方から患者が上陸してくる。マーシャル、カロリン群島以南の戦闘は友軍の敗北によって三カ月も前に終息しているはずだったが、不思議なことに、敗残部隊の鰹船や筏を操り、幸運にも敵機の爆撃を免れた患者たちが漂着して患者はふえる一方なのだ。
 私たち衛生兵の日課は回診、施療、病床日誌の記入、布団の交換と乾燥、食事配給、洗濯、埋葬……それらは何れも満足に行なわれるとは限らない。その上に、私には司令部を往復する命令受領で少なくとも午後の二時間は潰れてしまう。
 だから、月二回行われる病院長の査閲(実地調査)の前日は万事に遺漏(手抜かり)のないよう、少なくとも病院長の眼に触れる清潔・整頓の面だけでも完全を期さなければならない。その要領は三浦軍曹の経験に負うところが多かった。それでも私たちの睡眠時間の大部分を割かなければならない。三浦軍曹がもっと協力してくれたら……―というのが私たち衛生兵の不満だった。彼は殆ど私たちの戦力とはならないからだ。
 彼は中村中尉と同じような戦場の経過の末、トラック島の衛生班に加わった転進部隊の生き残りだ。内地、満州と今度の大東亜戦争で三度目の出征だったので、軍隊暦が八年にも及ぶというのに、素行上の事件を犯して二度も降格されていた。いわば〃兵隊やくざ〃なのだった。
 彼は使役作業にも手を出さず、一日中医務室にあぐらをかいて、患者から巻き上げた煙草をくわえ、甘味料などを頬張っていた。だから彼を員数に加えられない。ただ、査閲の前日になると別人のように働き出す。軍隊の要領だけを身につけた知識で、彼は査閲に最も指摘される清掃を受け持ってくれた。口笛などを吹きながら、手製の箒を持って立ち働く。
 私がまだ軍隊語でいう「娑婆」にいたときに見聞した日本軍隊の規律のきびしさは、世界のどの国よりも優れているといわれていた。軍隊生活の経験のない者には、その軍隊の裏面が分っていない。ここは娑婆とは厚い壁で距てられた別世界なのだ。軍隊に入ってはじめて知ったのは、たとえ優秀な上等兵でも、一階級下の一等兵よりも入隊年次が若いばあいは上等兵は一等兵に頭があがらない、という奇妙な制度があることだった。
 つまり、星の数よりも在籍年数がモノをいうのだ。矛盾した階級制の故に、日本軍が軍律厳しく強いということは、この矛盾を取り除いてしまえば無規律放心な無頼の集団にもなりかねないということになる。だから、ここでは個人の才能も教養も死物化する。
 中村中尉は疲れたのか眼を閉じて深く息を吸い込んだ。中尉の傍らを離れて医務室の方に曲がろうとしたとき、三浦軍曹の甲高い声がした。
 「まだわからねえか、この野郎、さっさと帰れってんだ。病院ばかりが墓場じゃねえぞ。こんなまっ暗な穴の中だ。病気が直らねえばかりか、生きる者も死んじゃうんだぞ。わかったら、隊で死なしてやれ」
 入院患者を断る彼のいつものおどし文句だ。
 爆音の下をくぐり、よろめく患者をたすけながら、ようやくこの山峡の洞窟に辿りついた護送兵の、途方にくれた表情と、その地べたに横たえられた瀕死の患者の姿が瞼に浮んだ。
 軍曹のいいぶんにも理由がないわけではない。部隊では患者を入院させても全く効果がないのを知りながら、緩急の場合に手足まといになるのをおそれて遮二無二送り込んでくる。護送兵はどんなにひどい悪罵を浴びせられようと患者を送り込むのは、ていよく戦略上の障害物を除くことであり、病院に埋葬を頼むことである。だから護送兵は、たちの悪い衛生兵が要求する、いかなる難題にも応じなければならない。

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