第17回 経営戦略欠如では勝てないブラジル ①

 前回のコラムにてブラジルでの営業の難しさを述べたが、営業が難しいということは、イコール経営が難しいということである。要するに、ブラジル市場に合わせた戦略が必要になるのだが、日本企業の本社はそこがなかなか理解できず、同じ失敗を繰り返す。よく「経営とは、小さく産んで大きく育てるものだ。われわれは今まで、それで会社をここまで大きくしてきた」と言う。ブラジルにおいても、それが15年から20年前までならば通用したかもしれないが、今のブラジルでは厳しい。現在のアジアにおいては通用するかもしれないが、ここでは無理だろう。特に日本本社は、アジアのタイやベトナム、インドやインドネシアと同列に「新興国」括りでブラジルに関する事案を検討する傾向があるが、これは大きな間違いである。確かに今の汚職にまみれた政治やガタガタなインフラを見ていると、そう思ってしまうのも致し方ない面もあるが、ことビジネスの内情はこの20年でまったく変わってしまった。
 実際に過去に小さく産んで大きく育ったケースはなくはない。ブラジルにはまったくなくて、欧米の競合も作れないようなユニークな商品の場合は、新し物好きのブラジル人の琴線に触れると、あっと言う間に広がる可能性はある。昔の話であるが、ホンダのバイクがしかり、日清・味の素のカップ麺、ヤクルトがしかりである。他にも、高額大型プリンターの会社で、代理店を通じて輸出で売ろうとしていた時はほとんど売れなかったものが、実際に展示会に出て、ブラジル人の目の前でデモンストレーションを行ったところ、その場で一気に100台以上成約し、ブラジルに支社を設立したようなケースもある。
 しかし、これらは極めて稀であり、①ブラジルにはなく、②欧米や中韓の企業も簡単に真似が出来ないものを、③ブラジル人が欲しいと思っているぴったりのタイミングで、④ブラジル人の手が届く価格で商品を投入して一気にシェアを取ることにより、⑤ブランディングも行えてしまったケースである。それが今のブラジルでは、サムソン・アップルの携帯であり、ネスレのネスプレッソであり、メキシコアイスのパレッタスであり、韓国アイスのメローナである。一度シェアを取り、ブランディングをしっかりと行うとなかなか浮気をしないのもブラジル人の特徴だ。
 過去のこれらの成功例を見て、聞いて、どんな商品でも自分たちもコツコツとやれば良いのかと思って真似をすると失敗する。前述の条件にあてはまらない場合は、真っ正面から欧米の巨大企業や韓国企業と戦わなければならないので、巨額の投資が必須となる。日本企業は最先端商品、世界的に売り出す最新商品、日本と同等の品質にこだわるが、それが条件にあてはまっていない場合も同様である。日本では主流ではなくても、まずはこの条件にあてはまる製品から市場投入をすれば、まだ初期投資額も抑えられる可能性はあるが、多くが主力商品・品質にこだわり、市場をきちっと調査分析して、戦略的に考えて商品を選別・投入するということをしない会社が多いのは残念だ。(次回に続く)

輿石信男 Nobuo Koshiishi
 株式会社クォンタム 代表取締役。株式会社クォンタムは1991年より20年以上にわたり、日本・ブラジル間のマーケティングおよびビジネスコンサルティングを手掛ける。市場調査、フィージビリティスタディ、進出戦略・事業計画の策定から、現地代理店開拓、会社設立、販促活動、工場用地選定、工場建設・立ち上げ、各種認証取得支援まで、現地に密着したコンサルテーションには定評がある。
 2011年からはJTBコーポレートセールスと組んでブラジルビジネス情報センター(BRABIC)を立ち上げ、ブラジルに関する正確な情報提供と中小企業、自治体向けによりきめ細かい進出支援を行なっている。14年からはリオ五輪を視野にリオデジャネイロ事務所を開設。2大市場の営業代行からイベント企画、リオ五輪の各種サポートも行う。本社を東京に置き、ブラジル(サンパウロ、リオ)と中国(大連)に現地法人を有する。