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漫画を突破口にブラジルでの将棋文化普及はなるか(後編)

 日系移民の高齢化が進み、次世代への日本文化継承が急務とされる昨今、ブログ子の愛好する将棋文化もまた消滅の危機に瀕していた。

サンパウロにあるブラジル将棋連盟会館の様子

サンパウロにあるブラジル将棋連盟会館の様子

 「囲碁漫画の『ヒカルの碁』が翻訳出版され、囲碁人口が増えたように、将棋漫画が出版されれば将棋人口も増えるのではないだろうか…」と思いついたブログ子は、将棋文化普及の糸口を探しに、2001年の事業開始から約120タイトルの漫画を翻訳出版してきたJBC社(Japan Brazil Communication)=サンパウロ市=を訪ねた。

エレベーターを降りるとドット絵で秋葉原の町並みが。JBC社が翻訳を手がけた漫画のキャラクターがあしらわれている。

エレベーターを降りるとドット絵で秋葉原の町並みが。JBC社が翻訳を手がけた漫画のキャラクターがあしらわれている。

 取材に応じてくれたカシウス・メダワール編集長に、「将棋漫画を出版してもらえますか?」と依頼すると「難しいですね」とやんわり拒否される。

カシウス・メダワール編集長。好きな漫画は『ワンピース』『幽遊白書』『ソウルイーター』など

カシウス・メダワール編集長。好きな漫画は『ワンピース』『幽遊白書』『ソウルイーター』など

 それでもなお、将棋漫画の売り込みを続けるブログ子に、カシウス編集長は将棋漫画が出版出来ない理由を説明してくれた。

翻訳出版を勧めた将棋漫画

翻訳出版を勧めた将棋漫画

▼「少年バトル漫画にあらずんば漫画にあらず」という風潮

 ブラジル人に日本アニメ・漫画文化を強烈に印象付けた作品『星闘士星矢』。ブラジルにおいてはこの『星闘士星矢』こそが漫画の基本的な形であり、「ブラジルの漫画好きの間には、少年バトル漫画にあらずんば漫画にあらずという風潮がある」という。スポーツ漫画ですら出版は難しく、いわんや競技知名度も低く、ルールの複雑な将棋漫画をや…ということだそう。

▼『ヒカルの碁』は『デスノート』があったから出版された

 それでも諦めつのかないブログ子が「囲碁漫画である『ヒカルの碁』も出版できたんですから将棋漫画もなんとかなるのでは」と食い下がると、「あれは『デスノート』と絵が一緒だから」と一言。話を聞くとブラジルでは『デスノート』が先に出版され人気となり、その後を追って『ヒカルの碁』が出版されたという。

▼出版基準は日本で人気かどうか

 ここで気になったのが、『デスノート』が「少年バトル漫画」では無いということ。『デスノート』は、名前を書いた人間を死なせることが出来る手帳「デスノート」を手にした天才高校生・夜神ライトと世界一の探偵・Lの頭脳戦を描いた漫画で、「少年バトル漫画にあらずんば漫画にあらず」のブラジルで何故出版に至ったのかと疑問がわいた。
 早速尋ねると「日本で大人気だったから」との答えが。詳しく聞けば当地の漫画好きは日本の流行に敏感で、日本で話題になっている作品に魅力を感じるのだとか。実際、『デスノート』は、アニメ、実写映画化もされ日本で大きな話題となっていた。JBC社ではそうした情報をインターネットを通じて調査しているという。

▼将棋漫画出版に必要なもの

 カシウス編集長の話をまとめるとブラジルで将棋漫画が出版されるには、①過去にブラジルで人気になった作品を持つ漫画家が将棋漫画を描き、②日本でアニメ、映画化され、③インターネットで話題になるしかなさそうだ…。

▼JBC社の挑戦

 「将棋漫画は諦めるしかないのか…」と肩を落としていると、カシウス編集長は本棚から一冊の漫画を取り出した。ローマ帝国時代の風呂設計技師が現代日本にタイムスリップする漫画『テルマエロマエ』だ。
 JBC社は昨年、同作の翻訳出版を行った。確かに日本では実写映画化もされた話題作だが、「少年バトル漫画」でもなければ、作者の前作がブラジルで人気だったということもない。
 そんなセオリー外の『テルマエロマエ』出版に踏み切った理由についてカシウス編集長は「日本の漫画が表現するジャンルの幅広さをブラジル人に知って欲しかったから」と笑顔で語る。難易度の高い将棋漫画出版に一縷の望みが繋がった瞬間であった。

▼まとめ

 「忍者漫画『ナルト』で、わずかに登場した将棋に興味を持ち、将棋盤を買いに来たブラジル人がいた」と当地の卓上遊具専門店店主から話しを聞き、着想を得た今回の将棋漫画出版作戦は、実現性薄のようだ。
 カシウス編集長の言うように、日本の漫画が「少年バトル漫画」だけではないことがブラジル人に広まれば、あるいはというところだろう。新たな普及方法を考え付き次第、また報告します。

●おまけ●

▼技名の翻訳問題

 編集部で働くチアゴ・野尻さん(24、四世)にも話を聞いた。野尻さんの好きな漫画は、『ハンター×ハンター』『GTO』『ドカベン』『げんしけん』など。最近萌え漫画に目覚めつつあるという。そんな野尻さんには、技名をどう翻訳しているのかを聞いた。
 JBC社では、基本的には全てを伯語化してきたが「天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)」など日本語読みをそのまま使う場合もあった。しかし2015年からは、子どもたちが簡単に理解できるよう例外なく伯語化するという。
 『るろうに剣心』の必殺技「九頭竜閃」は、「フゴール・ド・ドラゴン・ジ・ノヴィ・カベッサス(九つの頭の龍の閃光)」となり、『ドラゴンボール』の必殺技「かめはめ波」は「オンダス・ジ・カメハメ(カメハの波)」となる模様。
 「九頭竜閃はまだしも、かめはめ波をカメハの波としてしまっては、元々の駄洒落性が失われてしまうのでは?」と疑義を呈すると「ブラジルの歴史はまだ500年。言葉遊びの幅が全く少ない。『漢』と書いて『おとこ』と読むような文化はまだないんだよ」と残念そうだ。

▼語尾問題

 気になっていた語尾問題についても聞いた。日本語では語尾で話者の属性を伝えることが出来る。「○○じゃ」と言えばお爺さんが話していることが伝わるし、「○○だわ」とすれば女性であることを表現できる。
 野尻さんによれば、日本語の語尾変化に対応するものは無いが、子供は雑な言葉遣いにしたり、老人は普段使われていない言い回しをさせることでキャラクター演出をしているという。

▼方言問題

 続けて「ブラジルにも方言はあるけど、漫画に方言を使うキャラクターが登場した場合、こっちの方言に対応させたりして翻訳するの?」と問うと、「方言を使うと差別的な意味合いを持ってしまうのでNG」との答え。「日本語は漫画のポテンシャルを最も引き出す言語だと思うよ」としみじみ語っていた。

▼萌え漫画、少女漫画に対する評価

―「日本で流行の「萌え漫画」はこっちではどういう評価を受けているんですか?」
―「萌え漫画は萌えに頼っている。邪道な漫画。北斗の拳、星闘士星矢みたいなのが漫画。という感じです」
―「少女マンガは?」
―「日本の恋愛観はピンと来ない。手が触れ合って顔が真っ赤になるってなに?という感じです」
 メトロの中でも道端でも平気で抱擁やキスをする当地の青年には硬派(?)すぎて、恋愛に恥じらいを感じない人が多いようです。

▼職場風景1

 2010年から働いているレナーダさんは大学で漫画を研究中で、主に翻訳家が送ってきた原稿のチェックする仕事をしている。『星闘士星矢』と『幽遊白書』を見て育ち、好きなキャラクターは『幽遊白書』の蔵馬。『彼氏彼女の事情』『ゲゲゲの鬼太郎』『サイボーグ009』も好き。

▼職場風景2

修正作業中のドグラさん

修正作業中のドグラさん

  レイアウト担当のドグラ・エヴァンジリスタさん。好きな漫画はベルセルク。漫画教室の先生もしている。一番大変だった仕事は『るろうに剣心』。集中線、トーン、文字のキャラかぶりがとにかく多い。パソコン修正では筆のかすれなど、手書きの味が出ずに苦悩したそう。

▼募集要項

 非常に楽しそうな職場だったので「就職するにはどうすればいいのか」とカシウス編集長に尋ねると
①アニメ・漫画の知識がある
②文系大学出身
③日、英、伯語識者
であることが求められるそうだ。

▼写真その他

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