第31回 朝日の南米紙記事誤報に思うメディアの未来

朝日新聞夕刊1日付紙面「南米で日系人口減少」の誤報が大きく載った

朝日新聞夕刊1日付紙面「南米で日系人口減少」の誤報が大きく載った

 私は新聞が大好きだ。かつては、数紙と契約し、毎朝読むのが楽しみであった。そして、朝日新聞(以下朝日)とも、もう長いお付き合いである。
 まずは、実家が物心ついた頃から、朝日を購読していた。そして、大学進学時にその親しみのある朝日の新聞奨学生として、大学に行きながら、朝日、日本経済新聞(以下日経)、日刊スポーツ、東スポなどを配達した。
 配達だけではなくて、集金ともう一つ大切な仕事に「拡張」があった。拡張とは、朝日や日経を購読契約してもらうために、各家庭を営業訪問することである。
 私の頃は、ニュービーズなどのでっかい箱の洗濯洗剤を、ホンダのスーパーカブの後ろと前に積んで、自分の配達区域を一軒一軒ローラーで周った。
 ライバルの読売新聞はジャイアンツのチケットと、高そうな鍋などをセットにして売り込んでいたので、まったく敵わなかった。
 新聞の営業だとわかった瞬間にぴしゃりとドアを閉められたり、ご老人宅は待ってましたとばかりに延々と話し相手をさせられたり、様々であったが、まさに新聞社の部数=売り上げの大きな部分を占める販売の末端、良く言えば最前線の仕事を経験した。
 その後社会人になって、ある企業の広報担当となり、朝日や日経に企業広告を出し、その後広告代理店に転身し、逆に広告を企業に売る側になった。朝日にも10年以上毎月レギュラーでクライアントの広告を入れていた。
 新聞社の売上のもう一つの柱である広告営業の最前線としても新聞と関わったわけだ。その中で、日経が先行していたブラジル特集に対して、朝日の若くて行動力のある営業の方と一緒に朝日で初めてのブラジル広告特集を企画して実現したりもした。
 新聞は、世界中に記者を派遣し、なかなか海外へ行けない人たちに代わって、世界で何が起こっているかを毎日リポートしてくれる。日本に居ながらにして日本国内各地はもとより、世界中で起こっていることがわかるのである。これは、本当にすごいメディアだと思っている。
 しかし、自分がコンサルタントとして世界中をまわり、実際に見聞きするなかで、新聞の報道が必ずしも、事実を書いていなかったり、ちゃんと取材がされていないことがわかってきた。
 今回の「日系人減少」の誤報もその一つであろう。テレビの視聴率至上主義ほどではないにしても、その国の生活やビジネスの本当の臨場感や日々の息吹を伝えるのではなく、部数を伸ばすために、読者が飛びつきそうな大きな事件や事故や、極端で意外性のあることばかりを載せていることが多い。
 実は新聞がネットに押されているのは、単に時代の流れではなく、ネットのブログの方が、生活感や臨場感に溢れ、その国のリアリティがわかるから読まれているのだ。しかも、海外に出る人が増えて、今まではメディアでしか見たことのなかった国に行く機会も増え、ちょっとやそっとのことでは読者も食い付かなくなってしまった。
 そこで、さらに極端な方向に進んだ結果、従軍慰安婦や福島原発のような報道機関としてはあるまじき意図的な誤報、虚偽の報道に至ってしまったのではないかと思う。
 自分が配達、販売、広告と長年関わってきた、愛着のある新聞だけに非常に残念だった。
 特派員には、色々な記事を日々書いて送っているのに、本国のデスクにはエキセントリックな記事でないと、なかなか取り挙げてもらえないというストレスもあると思う。
 この数年、日経は急激にブラジルに関する記事が増え、記者も書く先から掲載されるようだが、その他の新聞は書いてもなかなか取り挙げてもらえない。だからと言って、今回のような小手先のテクニックで書いてしまうと、ますます新聞の未来はなくなる。
 各社押し紙がバレて、ようやく部数至上主義を捨て始めたはずが、その亡霊におびえた自爆としか言えない。私は方向性が逆だと思う。ネット時代の今だからこそ、経営は厳しいかもしれないが、世界中に記者を派遣し、住まわせて、そこに住む人々に共感しながら、生活感溢れる、真のその国の姿を伝える報道を増やすべきだと思う。
 2、3年でどうせ入れ替わるからという気持ちで来て、小手先で記事を書くようになったら、自らメディアの価値を貶めることになる。
 もう読者は、ブラジルのサッカーやカーニバルやアマゾンの記事を読みたいわけではない。ブラジル人は何を考え、ブラジルで住むには何が大変で、ビジネスのどこが難しくて、日系社会は今どうなっていて、日本企業や駐在員はどう頑張っているか、を生活者視線で知りたいはずだ。
 ブラジルおよび南米の記事を書くにあたって、その記者は日系社会に深く入っているか、日系移民の歴史に涙をしたことがあるか、を読者は鋭く感じ取る。
 朝日は弱者の味方で権力と戦うのではなかったのか?自分たちがメディアの力を利用した権力に陥ってしまっているのではないか?
 自分たちも含めてメディアは、常に自問していかなければならないはずだ。読者が自分の知らない世界の息吹を知り、未来を予見させてくれるメディアにしか未来はない。

 

輿石信男 Nobuo Koshiishi
 株式会社クォンタム 代表取締役。株式会社クォンタムは1991年より20年以上にわたり、日本・ブラジル間のマーケティングおよびビジネスコンサルティングを手掛ける。市場調査、フィージビリティスタディ、進出戦略・事業計画の策定から、現地代理店開拓、会社設立、販促活動、工場用地選定、工場建設・立ち上げ、各種認証取得支援まで、現地に密着したコンサルテーションには定評がある。  2011年からはJTBコーポレートセールスと組んでブラジルビジネス情報センター(BRABIC)を立ち上げ、ブラジルに関する正確な情報提供と中小企業、自治体向けによりきめ細かい進出支援を行なっている。14年からはリオ五輪を視野にリオデジャネイロ事務所を開設。2大市場の営業代行からイベント企画、リオ五輪の各種サポートも行う。本社を東京に置き、ブラジル(サンパウロ、リオ)と中国(大連)に現地法人を有する。

 

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