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『百年の水流』開発前線編 第一部=北パラナの白い雲=外山脩=(2)=有罪判決なき臣聯幹部拘束

 反響から判断すると、まず勝ち組・負け組抗争の真相を発掘したことが良かったようである。この抗争は、それが発生してから(『百年の水流』出版の時点で)60年余、日系社会でもブラジル人の間でも、さらに日本でも――、
 「第二次世界大戦の終戦直後、日本の勝利を頑なに信じるバカが多数現れた。彼らは狂信者である。勝ち組と呼ばれる。一方、冷静に敗戦を認識する賢者もいた。こちらは負け組あるいは認識派と呼ばれる」
 「勝ち組の秘密結社、臣道聯盟はテロ組織であり、特攻隊なるものを内部につくり、敗戦を唱える認識派の口を封じるため、その指導者を襲撃させた。襲撃者は無知蒙昧、哀れな輩」
 という見方が通説となり、多くの人々に信じられてきた。(この通説は最近では「認識派史観」とも呼ばれている)
 しかし筆者が調査・取材したところ、この通説は裏づけが何もない、単なる思い込みであることが判った。当時の日本人は、日本でもブラジルでも、終戦までは100%あるいは100%近くが、日本の最終的勝利を信じており、そういう意味では「勝ち組」であった。それが、ブラジルの場合は、止むを得ざる事情で、敗戦の認識が総ての人に浸透するまでに歳月がかかった──というだけのことで、自然の成行きに過ぎなかった。無論、バカでもなければ狂信者でもなかった。
 臣道聯盟は、秘密結社でもなければテロ組織でもなかった。特攻隊なるものをつくったことも、誰かに認識派の指導者を襲撃させたこともなかった。襲撃は、その実行者たちの独自の発意と行動であった。彼らの中には臣道聯盟員もごく少数混じっていたが、聯盟とは全く関係なく行動していた。
 筆者は、襲撃計画の推進者・実行者の内、生存していた五人と何度も会って詳しく取材したが、無知蒙昧でもなければ哀れな輩でもなかった。普通の人であり、かつ普通の人より私心が薄く純粋な人柄であった。
 彼らが襲撃を決意したのは「戦勝を信じて、敗戦を唱える認識派の口を封じるため」ではなかった。実際は邦人社会の「皇室の尊厳を犯し、祖国を冒?する風潮」「勝ち負け両派の対立の激化による混乱」を憂えて、「軽率に敗戦認識運動を始め、そのため起きた堕落、不祥事を収拾できないまま放置している指導者に、覚醒を求めるため」であった。
 なおサンパウロ州のDОPS(政治社会警察)は襲撃事件に関連、臣道聯盟の本部役職員、支部役員を逮捕・送検し、検察は起訴申請をした。が、裁判所は受付けなかった。ブラジルでは、裁判所が受付けなければ、法廷は開かれない。当然、有罪判決も出ていない。やはりDОPSの申請で、時の大統領が出した臣道聯盟の本部役職員、支部役員に対する国外追放令も、後に事実上、取り消されている。臣道聯盟以外の勝ち組の主要人物に関する起訴申請、国外追放令も同じであった。(つづき)

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