第34回 サバイバルに重要な「変化」を服装に見る

 ブラジルから日本に戻り、東京の街を歩いていると、最近は本当にネクタイをしているビジネスパーソンをほとんど見なくなった。私がネクタイをしてお客様のところへ行くと、かえって珍しそうな目で見られる。
 もちろんノーネクタイは、震災後の日本全体の緊急事態から、国として推進した省エネを経た動きであるが、元来礼や格式を重んじるお国柄としては、平常時には出来なかった、緊急時の一過性対策としてとられた措置であったが、やってみたら意外と良いことに気づき、そのまま社会的な一つの習慣として定着した一つの例であろう。
 おそらく、震災を知らない若い世代はそれが当たり前になり、以前はみんなネクタイをしていたと言っても信じなくなるだろう。言語もそうだが、このようにして一つの文化が変化を起こしていくんだなあと実感した。
 かつて私が社会に出て日が浅い、ある猛暑の夏の日に、スーツの上着を着ずに半袖のワイシャツにネクタイといういでたちで、ある叩き上げの中小企業の社長を訪問した際に、「目上の人に会うのに、半袖でさらに上着を着ずに来るとは何事だ!」と大目玉をくらったのが懐かしい。
 そのような経験をして、夏でも長袖シャツとスーツを欠かさなかった私が、1990年代初頭に初めてビジネスのためにブラジルに行った際に、多くの人がTシャツとジーンズで働いているのを見て、カルチャーショックを受けた日を鮮明に憶えている。
 しかし、役員レベル以上の人は、逆にわれわれよりもビシッとした身なりをされていて、暑い国ブラジルは、同時にヨーロッパ文化を引き継ぐ国であることを感じたものだ。実はラフな社会のように見えて、フォーマルな場はネクタイが必須である。
 ブラジルに慣れて来た日本人の駐在員は、慣れるほどについブラジルはこんなもんだよと振る舞いがちだが、ネクタイなしで訪問して、格式を重んじるブラジルの大手企業の社長に面談を断られたケースも過去に見ている。日本もブラジルも、日々変化しており、文化や常識も大きな時代の流れの中で変わっていくことをひしひしと感じる今日この頃である。
 同じブラジルでも、リオはまた別の国ほど違う。セントロのビジネス街以外で、スーツやネクタイの人は極めて少ない。いくつかの事業を成功させている私の友人もいつ会っても、短パンとTシャツだ。企業文化も環境に応じて変えていくことが重要である。
 今まで、うちの会社では出来ないと思い込んでいたことや、常識が邪魔をして出来なかったことにチャレンジすることは、ブラジルという日本とある意味正反対な市場でサバイバルするためには必須であり、新しいことにチャレンジすることで道が拓けることもある。人間にも企業にも、「変化」は生き残るための必要条件だ。

輿石信男 Nobuo Koshiishi
 株式会社クォンタム 代表取締役。株式会社クォンタムは1991年より20年以上にわたり、日本・ブラジル間のマーケティングおよびビジネスコンサルティングを手掛ける。市場調査、フィージビリティスタディ、進出戦略・事業計画の策定から、現地代理店開拓、会社設立、販促活動、工場用地選定、工場建設・立ち上げ、各種認証取得支援まで、現地に密着したコンサルテーションには定評がある。  2011年からはJTBコーポレートセールスと組んでブラジルビジネス情報センター(BRABIC)を立ち上げ、ブラジルに関する正確な情報提供と中小企業、自治体向けによりきめ細かい進出支援を行なっている。14年からはリオ五輪を視野にリオデジャネイロ事務所を開設。2大市場の営業代行からイベント企画、リオ五輪の各種サポートも行う。本社を東京に置き、ブラジル(サンパウロ、リオ)と中国(大連)に現地法人を有する。