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ニッケイ俳壇(848)=星野瞳 選

   セーラドスクリスタイス   桶口玄海児

アリアンサにて
稚鴎老達者耳目達者よ朝涼し
雷のあばれておりし大地かな
新しき蟻塚濡れて奥地かな
声涼し農園の子日本語

   ジョインヴィーレ      筒井あつし

雲の峰冬にも立つやパラナ河
冬晴れて鏡の如き水面あり
冬ぬくし広場で始まる釣談議
マンジョーカ引き抜く力失せて老う

   サンパウロ         武藤  栄

炭焼いて一と山の主新来民
新移民砂蚤取りは日曜日
卆寿過ぎ話題のつきぬ日向ぼこ
地伯の流れ移民も炭を焼く

   サンジョゼドスカンポス   大月 春水

敬老の馳走に老いを咄みしめる
冬物の服一着を賜わりし
日向ぼこ散歩の友が皆集い
米寿祝ぐ人の招待状が来る

   サンパウロ         湯田南山子

切り株を堀りし思い出冬耕す
ブラジルに大寒あるとは思わざり
ピネーロス川に湯気湧く冬夕べ
寒がり屋に六月は辛いことばかり
風流気吹っとびにけり冬の月

   リベイロンピーレス     中馬 淳一

スマートフォン習ふ娘や冬休み
四温日や魚釣りに行く支度して
毛布をば引き寄せかぶる夜明け前
四温日や釣りは日当る隅が穴
孫二人祖父母の家で冬休み

   ソロカバ          住谷ひさお

バス停に妻見送りて蕪買ふ
妻留守の今日三日目や納豆飯
副食のめんどうはぶき肉雑炊
雑炊も又めんどうな外食す

   ボツポランガ        青木 駿浪

一途なる妻を看取りて春を待つ
冬ざるる景色乏しき大地かな
大枯野広々として夕日落つ
野の暗さ流れ煌めく冬銀河
立冬にちぎれ雲あり日のぬくみ

   サンパウロ         寺田 雪恵

枯野来ておすそ分けせしモルフォ蝶
啄木鳥はひたすら働く宿の庭
秋ゆくと思ひて掬う滝の水
機窓より眺めし雲は冬の色

   ヴィネード         栗山みき枝

朝寒や時計見つつも起きしぶり
みかん皮部屋にほんのり蚊遺り香
空高し身に沁む冷気や冬近かし
さやに咲く垣根にしるきあやめかな

   マリンガ         野々瀬真理子

ガレーゴをしぼりて作るレモン水
※『ガレーゴ』とはレモンの種類名で、普通のものより小ぶりで黄色い。
風邪引きに大根入れし蜜をなめ
愛人の日遠く逝きたる夫を恋ふ
毛糸編む十五もちがう夫に嫁し

   サンパウロ         武田 知子

今生を精いっぱいに銀杏散る
パイナ吹き数多の命運ぶ風
俯瞰する氷河まぶしく飛機の窓
最果のマゼラン海峡白夜かな
独り居の転居にも慣れ冬に入る
せめてもの蒔絵の椀に根深汁

   サンパウロ         児玉 和代

冬の雨足鎧ふかに黒ブーツ
風のなく枯葉まっすぐ引かれ落つ
ほつほつと日当りして寒桜咲く
咲く枝と枯葉を抱く樹花曇り
願ひごとなくあるがまま星祭る

   サンパウロ         馬場 照子

血気満つ熟年光る移住祭
白寿祝ふ人等増え行く移民の日
次世代のはばたく大地移民の日
郷愁てふ我等の絆移民の日
大和魂守り伝えよ移民の日

   サンパウロ         西谷 律子

寒満月ユーカリの穂の揃い立つ
願い事書く娘真剣笹飾り
空に地に水面に映えて寒桜
影のびて冬日たちまち消えにけり
年取れば小股になりぬ寒の朝

   サンパウロ         西山ひろ子

つつぬけに聞こゆ笑声家小春
折鶴の舞ふお祝ひの小春宴
老幹のねじれも風情冬大樹
お祝ひのご馳走のある日小春句座
マカロンにこくの深まる鶏雑炊

   ピエダーデ         小村 広江

ひまわりの黄色祝い輝く誕生会
病んで知る命の重さ冴えかえる
冷ややかや病室までの長廊下
人肌のそぞろ恋しや夜の寒さ
山の声こぼるる谷間返えり花

   サンパウロ         新井 知里

水不足たたりて椿遅く咲き
布団干すただそれだけでよき気分
猩生木庭の景なり燃えにけり
冬日和演歌聞きつつバスの旅
セーターを並べ装い決めており

   リベイロンピーレス     西川あけみ

戻り来し寒釣夫のきげんかな
葱刻む我よりうまき息子かな
枇杷の花曲りくねたる移民村
虎落笛(もがりぶえ)二度と聞けぬや母の声
古里はうれしい所移住祭

   サンパウロ         竹田 照子

母の日や子等の愛情で生きる幸
ブラジルに息子くぐる星祭り
幼き頃七夕トンネルくぐりし日

ブラジル日本人街があるリベルダーデ区の七夕まつりの様子。ブラジルでは、各地で日系団体が七夕祭りを開催している。

ブラジル日本人街があるリベルダーデ区の七夕まつりの様子。ブラジルでは、各地で日系団体が七夕祭りを開催している。

ポルイソン空呟とまらず夜もすがら
※『ポルイソン』とは、ポルトガル語で光化学スモッグのこと。
心まで凍る思や今日の風

   サンパウロ         柳原 貞子

心こめし七夕飾り美しき
嫁ぎたる娘の部屋広し隙間風
風に飛ぶ落葉に命ある如し
時雨るるや街行く人の皆無口
朝市に可愛いく並ぶかぶらかな

   サンパウロ         三宅 珠美

幸せな家族が宝冬ぬくし
寒紅を引いてたちまちパワー沸き
祝い句座今日の佳き日の師の笑顔
ケントンのおかわりほてる頬あつし
※『ケントン』とは、ブラジルの焼酎カシャーサ(火酒)に生姜とニッキや砂糖を入れて暖めた飲みもの 。
着ぶくれてよちよち歩きの孫愛し

   サンパウロ         原 はる江

父母偲ぶ遠く身近な移民の日
冬ざるるいつしか娘等を頼る身に
冬晴に干物皆干し心足る
浄土までそう遠くなき身着ぶくれる
お誘いを拒みし悔や冬日和

   サンパウロ         大塩 佳子

目覚めるも冬眠と決め温き床
今日もいっしょ母のネックレス冬あたたか
冬木のごと在りたきと僧老いを語り
冬うらら忌に白い蘭母を抱き
年ごとに着ぶくれもなく異変とか

   サンパウロ         吉﨑 貞子

老いの幸施設はなやぐ冬ぬくし
冬ぬくし我が身の一部杖に謝す
草の花歩みよりてはなごみけり
凩らしの寂しきこの地にも小鳥来て

   サンパウロ         川井 洋子

死ぬるまで日本人なり移民祭
エンシャーダ捨てて久しい移住祭
※『エンシャーダ』は、ポルトガル語で鍬(ホー) のこと。
移民像スモッグに汚れ大地指す
枯葉散る磔像のみの古チャペル
二度読みて二度泣く窓の小夜時雨

   サンパウロ         西森ゆりえ

肌にぬるクリーム冷たき夜々となり
冬日和人に頼らぬ性かなし
時打たぬ冬の座敷の大時計
狐百合いつかの嘘はそのままに
寒さきびしなでしこ日本やぶれたり

   サンパウロ         岩﨑るりか

片言の孫とポ語和語冬温し
冬帽をおしゃれにかぶり朝市へ
桜見る老女の眼差し冬温し
からし色のおしゃれマフラーで人待ち顔
突風に背まるめ急ぐ受験生

   サンパウロ         佐古田町子

馥郁と香りこぼして月下香
秋桜風のまに間に右左
ほろ苦きゴーヤに食の進みたる
たたら踏む朝寒の床蹴り上げて
まとまらぬ思考作句を床中で

   サンパウロ         玉田千代美

好きな事好きで続けて老の冬
菊人形立ち往生で枯れて行く
老の冬よろこび過ぎて轉びおり
冬寒し少し手抜きの厨ごと

   サンパウロ         山田かおる

めぐり来て冬は父の忌父恋し
赤きバラ師の誕生日友と祝ぐ
小春日や筆を親しむ書道の日
冬の夜記念のよせ書き読みふける
誰か云う粗食で長生き冬うらら

   ピラールドスール      寺尾 貞亮

外出を控え目にする冬の雨
白髪に刺をかくして冬あざみ
雲とばし木々なびかせて朝寒し
日だまりに孫と遊んで爺と婆
寒月の満月にして昇りけり

   サンパウロ         大塩 祐二

煙る雨止んでいや増す寒さかな
うっそうと森静かなり神無月
干し大根煮る香に母を偲び居り
暮れ早し散歩の足も早まれり
紫イペー枝に房々咲きほこり
冬至すぎ風ゆるむ日待ち遠し

   サンパウロ         平間 浩二

寒夕焼明日に希望の心かな
俳句人皆齢老いぬ移民の日
着ぶくれや見栄も外聞消え失せて
地獄耳聞こえぬふりし日向ぼこ
落ちて尚冴えたる色や寒椿
ふっくらと身をふくらませ寒雀

   サンパウロ         太田 英夫

父の日を知らずに居るは父一人
父の日や退屈そうな父と猫
父の日やまたも子の名を呼び違え
父の日や貰いし携帯持て余し

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