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『百年の水流』開発前線編 第一部=北パラナの白い雲=外山脩=(21)

 この1939年、姉が結婚した。それを機に、一家はイタンバラカーの大槻という日本人の農場に移った(イタンバラカーも、現在は独立した町=ムンシピオ=になっているが、当時はインガーの一部だった)。
 大槻家は独立して同胞を使うまでになっていた。武雄たちは、まだ独立農にもなれずにいた。大槻農場では、山を伐り拓いてカフェーを1万5千本植えた。これを育て、収穫物を大槻家と分配する契約であった。
 1942年、武雄25歳。この年、恋愛問題のもつれから、一人、大槻農場を出た。収穫を前にしていたカフェー1万5千本の権利を売り、25アルケーレスの土地を買った。金が足りず、代金は年賦にして貰った。その土地は、町から30キロも離れた所にあり、しかも原始林であった。友人を誘って仲間にし、食料をアルマゼンから掛買いして、山に入った。両親が生活費もないことは判っていたが、目を瞑って家を出た。それがいつまでも負い目になった。

銃口を自分に……

 買った土地は鬱蒼とした森で、雑木、蔦、叢が密生していた。二人は、フォイッセ=大鎌=で、それを伐り払い、僅かの空間をつくってテントを張った。山の臭いが鼻をついた。林立する樹木の隙間から一筋の光が差し込んだ。小鳥が飛び、猿が鳴いた。
 パルミットの木を伐り、それで小屋を建てた。窓には空(から)の袋をぶら下げた。家具もすべて手作りだった。材料は、その辺に生えている雑木だった。布団は、ミーリョの皮を袋に詰めてつくった。屋根や壁は隙間が多く、雨が降ると漏りがひどかった。
 開拓は、大木の伐採から始める。その大木は人間を圧倒する様に屹立していた。その根元に足場を作って、斧を幹に打ち込んだ。木片が飛び散り、小鳥が逃げ、木の切り口から新しい香が臭った。やがて、大木はミリミリと悲鳴を発しながら周囲の雑木を道連れに、ユックリと枝を折り、葉を散りとばして、ズシーン……と大音響をたてて倒れて行った。その瞬間の壮観さは、全身を痺れさせるほどだった。二人は倒した大木に腰を下ろして、煙草に火をつけた。
 こうして毎日、大木との戦いが続いた。予定の面積内にあるそれを伐り終わると、使える木は運び出し、後は乾くのを数カ月待った。乾くと火をつけて焼いた。風上から火をつけ、風下で迎え火をつけた。野鳥の群れが飛び立ち、鹿が跳び出し、豹、アリクイ、ネズミが走り、蛇がニョロニョロ這い出した。両方の炎が燃え進み、ぶつかり、自然に鎮火した。黒煙が上空に広がり、太陽が陰って暗くなった。
 山焼きが終わると、後片づけだった。全身灰を浴び、皮膚はざらざらに荒れた。片づけた後は作物を植えた。が、そこで食糧が尽きた。借金が嵩んでいて、もう掛買いは無理だった。網を担いで川に行き魚を獲り、細竹で籠を作り、売って小金を稼いだ。
 仲間がマレッタに犯されて去った。武雄は一人になった。夕方、山小屋に火を灯す。ふくろうの声が聞こえる。地底に吸い込まれる様な不気味さが襲う。ピンガに手が伸びる。
 豚を飼った。360匹まで増えたが、ペストでバタバタ死んだ。残ったのは8匹だった。身も心も疲れ切っていた。月が明るく、蒸し暑く、風が死んでイヤに静寂な夜、無意識にピストルを持って、山に入った。倒木の上に仰向けに横たわり、引き金に指を当て、銃口を自分に向け……。ハッとして撥ね起きた。背中を冷や汗が流れ、衣類をビッショリ濡らした。

20年目にやっと一息

 武雄は、債権者を訪れて、土地の権利書を渡した。ペドロ・カルドーゾという男だった。ペドロは何かを察したらしい。励まし、運転資金を貸してくれた。武雄はワッと泣き出した。1944年のことである。27歳だった。それから運が一転した。作った10アルケーレスの棉が豊作で、しかも市場価格が前年の3倍にハネ上がったのである。移住して来て20年目に、やっと一息ついた。まず借金を整理して、心の重しを払いのけた。すがすがしかった。次に結婚した。
 1947年、オニブス会社を開業した。会社といっても車両3台、それも、おんぼろの小さなオニブスで、坂にさしかかると、喘ぎ始め、止まってしまうという代物だった。
 翌年、オニバス会社を売って、小型カミニョンを買い、イタンバラカーの町で農産物の仲買を始めた。31歳。彼の場合はアルマゼンではなく、仲買のみだった。秤を車に積んで農産物を買って歩き、それをサンパウロ(市)まで運んで売った。総て一人でやった。しかし仲買商を始めたからといって、誰でも儲かるわけではない。この頃は仲買商など幾らでもいた。
 資金繰りで苦労した。北パラナで、手形で農産物を買い、サンパウロで売り、その金を持って帰り手形を落とすというヤリクリを続けた。悪いことに、サンパウロで遊びを覚えた。ボアッテ、料亭で遊び、帰りのガソリン代に困ることもあった。そんな生活を十数年続けた。が、パッとしない。

北パラナの地図

北パラナの地図

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