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宿世(すくせ)の縁=松井太郎=(20)

 太一は長女が小学校にあがる年令になったので、自分らの環境を考えて、同胞と接触できる地域に住みたいと思った。某植民地で土地を売るという人にあった。地主がすて値だという金額でも、十域となると太一にはまたまた手はだせなかったのである。ところで、世話をしてくれる者があってH村で借地することができた。その村はいわゆる勝ち組の集団地で、借地人などはどこ馬の骨ぐらいに見さげられた。それでも村の集会には出るようにいわれた。
 それから、しばらくしてA家に婚礼があった。村中招かれたのに太一にはなんの通知もなかった。その件で後日村では問題になったというが、太一はそれぐらいの差別はふかく気にもとめなかったが、千恵は瞋恚をかくそうとはせずに、ー自分たちは運がわるくて今は借地をしているけれど、そのうちには見返してみせるからーと、意気まいたが堪えきれずにはらはらと涙をおとした。
 その村での借地は、思ったより痩せ地で儲けはなかった。それに太一は無理がたたって心臓をいためた。軽い仕事ならやれたが、重い仕事はとうていやれない身体になった。太一の生涯でこの時がいちばんの危機であった。なるべくなら縁者の世話になりたくはなかったが、彼も途方にくれて、サンパウロ市の近郊にいる義父に手紙をだしたのである。


宿世の縁三

 雨期の収穫のあと、干天の暑い日かつづいていた。その日は室内でもC四十度をこすほどであった。発病してからは暑さによわくなった太一は胸ぐるしくなり、井戸端のアングの木の下、まばらな葉かげで寝そべっていると、野道からこの農地へ砂埃を背おってはいってくる車があった。誰かとおもえば太一の義父であった。
 彼は遠路サンパウロ市郊外から、十五時間もの旅をしてP町につき、駅前からタクシーをやとってきてくれたのであった。
「暑いのう、郊外とはだいぶん違うわい」
と言いながら、汚れたハンカチで顔から首すじをふいた。千恵のさしだす冷たい井戸水をコップ二杯たてつづけに飲んで、ほっとしたところで、
「どんな具合じゃな」
米吉〔千恵の父〕は太一の病状をきいた。
日足がすすんでようやくのびた軒下の蔭で、千恵と米吉はながい時間をかけて相談していたようであった。いくらか涼しくなって三人は家にはいった。太一は義父の顔色をうかがい、ーこれは別れ話になるかもしれないーと他人ごとのように予測した。というのも千恵は上気して昂然とした態度でいた。それは一家の危機にさいして、私がいるからという自負の気概からではなく、ここらあたりがよい潮時と千恵が父親を責めたのではないかと太一は憶測したからであった。
 風がでてきて、ひと雨きそうな空模様になった。
「身内は良いにつけ、悪いにつけ近くに住んだほうがよい」
と米吉は言い、千恵の考えもきいて、太一は老父の世話になることになった。
 借地の契約はまだ半年あり、裏作はできたのであるが、地主に了解してもらい、一カ月後、太一らはサンパウロ通いの車に便乗して郊外のB郡に転居した。
 千恵の父は太一の過去を知っていて.娘をやったのも太っ腹のゆえのことではない、松山家の資産などをみて太一が中農の長男なのに、望みをかけたかもしれないが、二人の依存関係はまるで反対のものに変わってしまった。

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