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ニッケイ俳壇 (860)=星野瞳 選

   アリアンサ         新津 稚鴎

横書の文親しめず秋灯下
キリストは乃木さんに似て受難劇
長靴も高き踵や裘
露寒き藪煙らせて土民棲む
天の川潤み密柑の花匂ふ
紙魚の書に木乃伊となりてゐし井守
故国の秋照らし来しこの春の月

   セーラドスクリスタイス   桶口玄海児

ブラジルは明るい国よ春月夜
蝶の来る畑を大事にして農夫
家で食べる大根蒔いて満足す
ブーゲンベイヤ蝶迷うほど花多し
アラポンガ森の夜明を知らす声

   北海道・旭川市       両瀬 辰江

やらねばと思へず出来ぬ酷残暑
秋あかね集団で来て去っていく
海山の荒れるにまかす二百十日
散歩道木の実の落ちる音のして
龕燈の薬湯恋いし母恋いし

【ブラジルを忘れないでご投句ありがとう。お元気であられる様でうれしく思います】

   愛知県・弥富市       森  寿子

再会の日はあるまじく秋は行く
竜胆に託してさらば終の家
虫時雨きくもわびしや旅の月
虹消えてたそがれ鴉鳴くばかり
人騙し次にだまされ四月ばか

【私の孫は何千人に一人と云われる追行性ジストロフィーで癌よりも悲しい病気で、九才で歩けなくなり、六年間車椅子生活です。骨盤が曲がり全体の筋肉がちぢんでしまい、やっとの思いで車椅子に座って居ります。こんな体でも学校へ行くのが楽しくて、毎日がんばって居ります。私の主人は森淳介さんではなく森健介です。サンジョゼドスピンニャイスです。私はブラジルに帰りたくてたまりませんが、孫は長旅が出来ませんので、もうあきらめました。と便りがありました。作者はアサイ生れの二世です】

   カンポスドジョルドン    鈴木 静林

晩冬や空家と見まごう釣りの宿
カレンダーに赤丸付けて春を待つ
春近し春の温気を孕む山
故里に春になりました手紙書く
故里の山は紅葉か夢見たし

   サンジョゼドスカンポス   大月 春水

独立祭に集ひし子等は皆帰り
春雷のひびかふ丘の二三軒
春泥をつけて遠出の由もなし
胡蝶蘭咲き狭き庭を彩りぬ
苺祭うどんの味も殊に佳し

   ソロカバ          前田 昌弘

犬ふぐり犬を入れない遊歩道
吾の春意狼の春意と漂える
水温む子らは早ばや川に入る
水の事故ふゆるは哀し水温む
蒲公英の勢い芝の芽を凌ぎ

   ソロカバ          住谷ひさお

チプアナの花屑払ひ寄るベンチ
チプアナに小鳥の囀り変る朝
雨の間の春の日差しのありがたし
病葉を踏み傘もって朝散歩
蟻絶えてチプアナ落花積りをり

   サンパウロ         湯田南山子

三回忌告げる電話や春時雨
遠来の友下戸なれば草の餅
見るからに食欲そそる竹茖荷
書架飾る句集その他や春時雨
力んでは鳴らぬ角笛春時雨

   サンパウロ         寺田 雪恵

春が来て生まれしばかりのかたつむり
先づ音生まれしバルーン春の日曜日
咲くを待つ楽しみ抱くアマリリス
さみどりを集め梅は伸び放題
青梅を買いあら塩になじませり

   アルバレスマシャード    立沢 節子

双子孫の出場見守る運動会
椅子取りに座りころげて運動会
宝さがしの宝当りし運動会
参加賞ばかりもらいし運動会
弁当をもらって上げて運動会

   サンパウロ         佐古田町子

ライバンの黒目鏡かけ春の街
春医院廊下を歩す彼黒目鏡
春の街歩す黒目鏡伊達ならず
野心家の黒目鏡彼春の空
底翳病み黒き目鏡の老の春

   マナウス          東  比呂

きらきらと大河輝く春時雨
アマゾンにこころ待ちいしイペー咲く
大道路通り村々山笑う
父の日や話し故人の父のこと
蝌蚪育つ生まれし所里として
囀の喜び絆深めおり

   マナウス          宿利 嵐舟

春時雨さして行こうか蛇の目傘
君となら濡れて行きたや春時雨
駆け込めば先客もいて春時雨
幸いの住むてふ彼方山笑う
囀りに負けじと蛙声そろえ

   マナウス          松田 丞壱

降り注ぐしっとり濡れる春時雨
地に伏して涙に暮れた終戦日
涙涸れ断腸の思いの終戦日

   マナウス          山口 くに

春時雨船追うボットの列乱す
父の日や戦友に託せし終の文
父の日や胡坐の中は温かった
暑に耐えてイペー咲き初むアベニーダ
囀に答え連れ呼ぶ籠の中
蝌蚪の水犬来て飲めば濁し散る

   マナウス          橋本美代子

父の日や亡き父に似て兄無口
父の日に嫁ぎし娘子等連れて
子育ての鳥のついばむ蝌蚪の水
蝌蚪生まる日に減りゆく沼の水
聞き慣れし囀なれど名も知らず

   マナウス          岩本 和子

なんだかんだジタバタすれば山笑ふ
さえずれる大地の騒がめかぬ内に
父の日にやっと許可でし酒二合
父の日や我父っ子でありし日日

   マナウス          丸岡すみ子

春時雨買いたての傘さしてみる
豊かなる大河に映り山笑う
アマゾンの空気は澄みて山笑う
父の日や娘の電話に機嫌よく

   マナウス          渋谷  雅

捨て耕地高値で売れて山笑う
明け方の樹海の囀目が覚める
父の日や父より大きなくつ並ぶ
ああ今日は父の日だったと気付く夜

   マナウス          吉野 君子

水田の蝌蚪取り遊び遠き日々
春時雨上がれば緑しずく落つ
囀が鋭く響く樹海中
父の日に母子で偲ぶ感謝込め

   トメアスー         戸口 久子

春時雨濁流大昔まま
父の忌やミサを祈りて春時雨
雨季なれどアマゾン今年春時雨
お玉杓子たんぼの沼に産卵す
囀や樹河の森の入植地

   サンパウロ         小斉 棹子

貝寄風や終りし旅の離れざる
シャボン玉一人一人が持つ天寿
物忘な国を愛しみ独立祭
叮寧に生きたし余生春巡る
亀鳴くや吾が老いを見る友の老

   サンパウロ         武田 知子

惜春や追慕重ねつ杖の身に
終演の余韻を包む春ショール
花の散る花守り散りし如逝けり
今日も又春風駘蕩ならず暮れ
過ぎ来しの地国天国みな朧

   サンパウロ         児玉 和代

八方にてんでの囀り譜を奏で
叙情歌に心浸して春の宵
巣立鳥初見参の庭に降り
春昼の遅き昼餉の御新香
春の風ひらひらの服つい買いぬ

   サンパウロ         馬場 照子

面影の笑顔遺して桜散る
桜守りを黄泉へいざなう花吹雪
囀りの井戸端会議雄鳥とか
国花てふ誉れのイッペー黄金彩
ジャボチカバ木肌を埋める黒真珠

ジャボチカバ

『ジャボチカバ』はフトモモ科の常緑高木。ブラジル先住民トゥピ族の言葉で、『亀のいる地』という意味。白い花もぶどうのような実も、直接幹に成るのが特徴。

(Foto By Adamantiaf [Public domain], via Wikimedia Commons)

   サンパウロ         西谷 律子

父母逝きて故郷遠く鳥雲に
緑なきビルの狭間に鳴くサビア
畑打つや連れて来られし国に古り
メトロ口に風吹き寄せて春の塵
黄イペー咲けばブラジルらしき街

   サンパウロ         西山ひろ子

来ると云ふ句友待ちをり春の句座
影と陰違ふ意味合ひ学ぶ春
一瞬に目と眼の合ひぬ朝サビア
信じるてふ幸せ胸に春の人
うららかに喃語に答へ母の笑み

   ピエダーデ         小村 広江

神妙に今日はお彼岸法話聞き
種蒔いて日々感動の老の畠
雨止んで角立て歩くかたつむり
鍬洗ふ小池にふえし蝌蚪の国
気味悪き茸にょきにょき雨後の晴

   サンパウロ         大塩 佳子

目覚めればサビアの高音朝月夜
晩学の娘気長婿いて今日卆業
媼らも挑むタブレット春の午後
齢とか身の不都合か春なのに
十五才よく泣き孫の春の宴

   リベイロンピーレス     西川あけみ

鼻ピアスへそにもピアス春の服
街中はスマホに夢中春寒し
追悼句よかったと云われ春灯下
春の雨チャペルに出逢い十字切る
おはようも声高くなり春の風

   サンパウロ         吉﨑 貞子

余生の夢たぐる仲間と春の虹
誕生月一家に三人家のうら
うららかや日光浴びつつ友を待つ
シクラメン拝むが如し花開く
うららかやおしゃべり楽しレイス編

   サンパウロ         柳原 貞子

ひと手間をかけて蓬の餅をつく
あと戻り出来ぬ人生めぐる春
病む友に届けし一椀菜飯かな
春旱り花の少なき桃畑
春一番とは云え大樹なぎ倒し

   ヴィネード         栗山みき枝

寒玉子二つ黄味とて娘の土産
ジンジャ咲き咲くさま花色みせられて
冴えかえる社くろぐろと都まりて
お豆腐や手作りの味又格別
枝光る娘の太極拳九年目

   サンパウロ         川井 洋子

春陽射し猫と私の大あくび
来客に春寝の顔を整える
追いつかぬ陽炎いつも先にあり
名優の名前うかばぬ春灯下
痴呆てふ不安なき人朧月

   サンパウロ         岩﨑るりか

厳かなパイプオルガン友のミサ
子供の日指折りし待つ孤児院の子
春の夜指折り句作夢路にて
プリマベーラたわわに咲いて空家さびし
息切らしペダル踏む老春暑し

   サンパウロ         原 はる江

軒並みに売家の札やプリマベーラ
世の不況かかわらず生き春に入る
三十度の春を迎えて目も眩み
鉢植に命の春水二日目に
帰路走る薄闇空に春の月

   サンパウロ         西森ゆりえ

葉脈のあとかみしめる桜餅
咲き咲けどやもめかずらに花はなく
新しき毛布を自分のために買ふ
ノーベル賞ニュースのせ来る春の風
アマゾンは世界の宝庫ぼたん蕉

   サンパウロ         平間 浩二

快挙なるノーベル受賞春の風
雨音に至福の朝寝深かりし
病癒えて何時しか春愁消えゆけり
目の覚めて二度目の朝寝深かりし
春雷や玻璃戸激しく今朝の雨

   サンパウロ         太田 英夫

山寺に鶯鳴くやホウ法華経
抱っこした孫より貰う春の風邪
永き日や猫より暇なお父爺ちゃん
何も彼も投げ出して寝る春の風邪
痩せ桜十にも満たぬ花を付け

   サンパウロ         大塩 祐二

きびしさもとれてゆったり春の雲
湖の辺の草葉に曙光露涼し
酒のあて造る音うれし夕涼み
眠気よぶ昼の山裾薄霞
草餅を食めば父母兄偲ばるる

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