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ニッケイ俳壇(867)=富重久子 選

   サンパウロ         山本英峯子
        
飛魚や遥か夢見し移民船
【「移民船と飛魚」、と聞いただけで誰でもが思い出すあの四、五十日の船旅と、その無聊を慰めてくれた飛魚の事である。私も二人の子供を連れての移民で、親子で飛魚を指さしながら鮮やかに白い腹を見せて飛ぶ飛魚の姿を、飽きる事無く眺めたものであった。
 作者も未知の土地への旅で、きっと心細かったであろう。しみじみとした佳句である】

羽蟻の羽を落して蠢けり(うごめけり)
【羽蟻を見ていると群れになって飛び立つ時、その中に羽を捥がれて蠢いているのがかなりいて、この句の様に上を向いてしきりに助けを求めている様子。中々的確な写生俳句で巻頭俳句として推奨させて頂く】

リべイラの川に想ひの流燈会(りゅうとうえ)
あやふやな天気に惑ふ更衣
熱帯魚いつかうとうと魚になる

   インダイアツーバ      若林 敦子

別荘地入れば続きて夏木立  
【「夏木立」は群れ立つ夏の木であるが、その言葉の感じから、青葉若葉の茂った威勢のよい様子が想像される。
 サンパウロでも少し郊外に出ると瀟洒な邸宅のあるのに出会うが、歩道から玄関へ続く砂利を敷いた両側には、立派な並木が植わっていてその青葉は夏のそよ風に靡いている。正しくそれが「夏木立」。立派な写生俳句である】

桑の実や養蚕ありしこの国に
混雑を避けて早目の墓参かな
火取虫庭の明かりも暗くして

   サンパウロ         平間 浩二

玄関に剥製の鰐夏館
【「夏館」という感じはあまりブラジルでは見られないが、暑くなると簾を吊ったり夕方には表に打ち水がしてあったりと、すべて涼しく夏らしい装いをしてある邸宅をいう。
 この句はその様な夏館にお邪魔すると剥製ではあるが、大きく勇猛な鰐の姿があったのであろう。作者の少しびっくりした様子の想像される珍しい佳句であった】

夾竹桃今亡き童夢氏の笑顔
薫風や弾ける笑顔十五歳
落し文ふと裏庭の石の上

   ボツポランガ        青木 駿浪

垂直なユーカリ百幹木肌脱ぐ

【「木肌脱ぐ」はブラジルの夏の季語である。これは樹木界の現象で、一般によく見られるのはユーカリ林である。幹の発育に伴い表皮が縦横に裂けて剥がれ落ち、後にすっきりした青い木肌が現れる、とブラジル歳時記にある。
 作者の近くにはユーカリ林があって、よく観察されての見事な写生俳句である】

合唱鳴きして雨を呼ぶ遠蛙
紅の薔薇先師に捧げ祈りけり
気を張りて老父負けじと暑に耐へて

   サンパウロ         土田真智女

不自由な脚にやはらか夏の草
【長い間作者に会っていないが、かずまの時からの誌友で休みなく投句を続けている熱心な俳人である。
 脚の弱い作者はあまり遠出は出来ないが、天気のよい日は日光浴を兼ねて、住居の庭に出て花壇の花を見たり本を読んだり、また得意な歌 を歌ったりして過ごしているのであろう。季語の「夏の草」がとてもよい選択で、一句を優しく仄かなものに読ませてもらった】

余生とはこんなものかな月涼し
墓拝む水晶の数珠母ゆづり
俳諧は世界文学かずまの忌

『かずま』とは2005年12月に亡くなった、ブラジル俳誌「蜂鳥」の主宰で俳人の富重かずま氏のこと。毎年12月には氏を偲んで「かずま忌俳句大会」が開催されている。

『かずま』とは2005年12月に亡くなった、ブラジル俳誌「蜂鳥」の主宰で俳人の
富重かずま氏のこと。毎年12月には氏を偲んで「かずま忌俳句大会」が開催されている。

   イツー           関山 玲子

表より初夏(はつなつ)の風裏へ抜け
【今朝はからりと晴れて清々しい夏風が吹きはじめたが、この句のようにベランダのガラス窓を開け放していると、前の森の方から涼しい風が吹き込んで見違える様な初夏の気分である。
 「表より裏へ抜ける」、と言う巧みな言葉でその様子のよくわかる清々しい佳句であった】

蹄の音軽く消えゆく夏木立
桑の実を食べて育ちし日の遠し
友の墓訪ね探して墓参る

   カンポグランデ       秋枝つね子

木の芽道鶏十万羽一と廻り
【カンポグランデで十万羽の養鶏をされている作者、簡単に「一と廻り」といわれるが、大変な仕事であろうと察しられる。病気の鶏がいないかどうか、餌や水は足りているかなどなど私達には計り知れない仕事の量である。
 「木の芽道」という春の季語をもって、さすがに俳句を愛する作者、きっぱりと動かない季語の選択のよい佳句であった】

鶏の羽根くはへて孕み雀飛ぶ
お土産の春蘭長く咲き続け
おだやかな庭に蝶々もつれ合ふ

   ピエダーデ         高浜千鶴子

雨の盆亡夫に告ぐる事多き
【今年はぐづついたお盆の日であった。お墓の掃除をし、花を挿してお墓参り。先立った夫に話す事も山ほどあって大変。何事も一人で決めなければと言うのは、本当に私もそうである。
 作者の句は、わかり易い内容の五、七、五であるが機微に富んだ女性らしい作品を詠む事で好感が持たれる】

逝く春や一人で決める事多し
犬に餌をやるも今日から夏時間
字を見れば眠くなるのよ日脚伸ぶ

   スザノ           畠山てるえ

気温今日上がり下がりの夏近し
【今年は確かに天候不順の様な気がする。度々真夏のように蒸し暑い日があって、何とか夏が来たのかなと思う間も無く、急に夕暮れ時から気温が下がってぞくぞく寒くなり、急いで靴下を履いたりセーターを引っ掛けたりとせわしい事。NHKを見ても、日本も天候不順で世界的なものであろう。中々うまい一句である】

地下道は人の流るる春深し
雨止んで空気うまかろ蝸牛
山電車くぐる大木百千鳥

   サンパウロ         伊藤 智恵

スマートな背広の紳士夏燕
【スマートな紳士と燕の取り合わせといえば、すぐ燕尾服を思い起こす。それ位燕さんはスマートな愛する人懐こい鳥である。
 「夏燕」は、春繁殖にやってきて夏はしっ かりと子育てに専念し、秋はまた暖かい南の国へ帰っていく。すっきりした佳句であった】

雲の峰アイスクリーム見てるよな
親鸞忌誰にも分かる教へかな
光る筋跡鳥も見ている蝸牛

   サンパウロ         山岡 秋雄

お揃ひの白靴で往く看護婦ら
【「白靴」は、日本では夏の履物として使っていたがブラジルでは年中使っても、服と釣り合っていれば大丈夫である。看護婦さんたちが白い服、白い靴、そして白い帽子と揃っている姿は大変美しいものである。清々しい佳句】

出稼ぎや戻るともなし夏つばめ
報恩講めぐり重なる句会かな
大ぶりの夕顔浮かぶ日暮れ垣

   リべイロン・ピーレス    中馬 淳一

紫陽花の太まり小まり庭装ひ
句作りに歳時記めくり明け易き
庭の木にサビア鳴く声長く低く
小玉西瓜手に取り買はず朝の市

   ピエダーデ         国井きぬえ

雨止めば家族墓参や蝋燃えて
夏山や窓辺の景色変らぬ美
朝蔭や大木の根の道に伸び
夕方も雷雲あれば森騒ぐ

   カ・ド・ジョルドン     鈴木 静林

煤煙に汚れ鈴懸花散らす
春十月気温三十三度の夏
店番の老婆舟こぐ目借り時
うかと通り牛に追はれる春の牧

   スザノ           渓村 俊二

老の耳季節知らずの蝉時雨
忙しげに花から花へ蜂すずめ
朝露に光輝やく金の玉
枝曲げる前に落ちくるジャボチカバ

   サンパウロ         鬼木 順子

学び舎や賑かなりて氷雨降る
見上げれば薄墨色の雲の峰
木々の葉や夕立後の鮮かに
髪染めて薄暗がりに宵涼み

   サンパウロ         森川 玲子 

朝焼やリンスホテルの湯のけむり
※『リンス』とはサンパウロ州中西部にある市で、天然温泉が湧き出ている。
朝焼に真っ赤な日の出手を合はす
朝焼や諺当たる夜半の雨
朝焼や出湯プールに若返る

   サンパウロ         畔柳 道子

木々の芽の競ひて天を指しにけり
四つ辻の角を曲がれば青嵐
登校児の犬を呼ぶ声春の昼
春の星都会の空に星見えず

   サンパウロ         須貝美代香

こつこつとハイヒール鳴る夏近し
うたた寝の目覚めの窓に風薫る
古時計曲を鳴らして夏館
せせらぎもざわめきもあり夏館

   サンパウロ         高橋 節子

朝焼や今朝の日の出をつひ拝む
【「朝焼」は、朝日の出る前に東の空がまるで夕焼けのように染まることを言うが、夏に限ってはいないが盛夏の頃特に美しいので、夏の季語となっている。この句の作者は、あまり美しいので思わず両手を合わせ祈りを捧げたのであろう。慎ましく敬虔な姿の美しい一句である】

ぐっすりと眠りし今朝の風薫る
香水やほのと香りの身嗜み
師走来るまだ成す事はこれからと

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