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鐘をつく参加者
鐘をつく参加者

荘厳な音色で新年迎え=西本願寺で除夜の鐘

 南米浄土真宗本願寺(通称・西本願寺)で昨年大晦日の夜、除夜の鐘つきが行なわれた。本願寺の信徒を中心に約60人の参拝者が、荘厳な鐘の音とともに新年を迎えた。
 仏教では人間に108個の煩悩(迷いや苦しみの原因)があると教えることから、同じ回数だけ鐘を撞く習慣となっている。午後11時半から行なわれた法要の後、人々は階上の鐘の前に列を作った。
 年が明けると同時に一人目が鐘をついた。「ゴーン」という柔らかく響く音が寺院内に広がり、参拝者から歓声が上がる。皆口々に「今年もよろしく」と言い合った。
 鐘をついた人々は一様にすっきりとした表情。今回初めて参加したというセルビオ・ソウザさん(51)は、「この寺院に通っている義父とともに来た。鐘をつくことで仏様のご加護を感じた」と穏やかな顔で話した。
 本願寺の勉強会に参加している山本逸男さん(74、二世)は、「NHKのテレビで何度も見ていたが、108回鐘を鳴らすのは初めて知った。煩悩が無くなったわけではないが、自分に煩悩があることを確認できた」と神妙な面持ちで語った。
 無事に除夜の鐘が終わるのを見届けた杣山哲英開教総長は、「普段お寺にお参りできなくても、こういう時に来られる方は多い。仏様とご縁をつなぐ良い機会です」と感想を述べた。
 鐘つきを終えた参拝者たちは、仏教会が用意した軽食をつまみながら談笑し、帰途に就いた。
 南米浄土真宗本願寺は1950年から伯国で布教を開始。現在国内に35カ所の寺院があり、約1万5千人の門信徒がいる。


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 〃凡夫〃という単語には「平凡な人」の意味に加え、仏教では煩悩が無くならない人のことも指し、「死ぬまで迷い悩む」と教える。200年前なら殿様しか口にできない美食が庶民にも気軽に食べられる現代において、肉食や酒を止めて欲や怒りをなくす厳しい佛教の修行をして煩悩をなくすのは、かなり難しいか。煩悩とオサラバする手軽な方法として「除夜の鐘をつけば煩悩が無くなる」とも言われる。ただし、これまで何度も除夜の鐘をついてきた耳子の場合、年ごとに煩悩が増えているような…。であれば、後者の意味の〃凡夫〃かも?

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