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ニッケイ俳壇(878)=星野瞳 選

   アリアンサ         新津 稚鴎

万緑に滝白刃となり落下
ダムに出て棉消毒の飛機返す
雲の峰育つ牧場を傾けて
草虱とりつつ泣いてゐるらしく
一の斧二全山の露こぼれけり
蟇鳴くや死ねば家系もなき移民

【稚鴎さんは百才と四ヶ月を得られた。アリアンサはとても暑い土地だと聞くが、御句『死ぬまでは生きねばならぬ暑に耐えて』の句の如く生きて下さい】

   北海道・旭川市       両瀬 辰江

身ぎれいに老いたき九十路雪を見る
柚子の香や今年も無事に越年し
稜線に沈む冬陽の早かりし
初春や父母の歳越え生かさるる
幾山川越えし余生や春を待つ

【故ご主人がサンパウロ市の東本願寺に勤められて居た僧の奥様の作者は、御主人について故郷・旭川に戻られてからもずっと投句し続けて下さった。かれこれもう十年になるのではあるまいか。得がたい投句者である】

   サンパウロ         鬼木 順子

緑陰や金雀枝の花うす明かり
母逝きて寂しかりけり籐寝椅子
見えねども闇夜響かす花火音
驟雨には勝てぬ青き実草の中
百日草雨の歩道に薄茜
夏の果雲の峰変え流れ行く

   サンパウロ         寺田 雪恵

月下美人一せいに咲けり五十花ほど
招かれて月下美人を犬と見る
月下美人ソファに見つつ眠りたる
月下美人食べて知らぬ顔池の鯉
生命短かしとはまこと月下美人なり

   カンポグランデ       渡辺 チエ

夏時間なじまぬままに終りたる
新農年コッピンの大牧開拓し
急ピッチの国道工事山笑ふ
改築増築つち音はずむ豊の秋
麻州観光土産はマンガとパモニヤ

   ジョインヴィーレ      筒井あつし

佳き年であれと祈らむ初暦
結ばれし強き絆や初句会
搖ぎなきホ句への想ひ初句会
浪あらく背を干すのみビキニの娘
背中干す全裸に近きビキニかな

   サンジョゼドスカンポス   大月 春水

よくやった若き日の頃思ひ出す
カルナバル踊って見せたき程の肢体
元気だねと声かけてくれる卆寿かな
飽きもせず波打ちよせる夏の海
文通の友逝きてより遺書を書く
目の細き老困らせる小字典

   サンパウロ         湯田南山子

日本より友の賀状や女文字
咲きつらね月下美人の一夜とは
薬掘り行方本をたよりとし
初場所や琴奨菊の殊勲功
蛇避けに植えし煙草の花ざかり

   ソロカバ          前田 昌弘

東天の雲を破りて初明り(東抱水氏を悼んで)
峰の巣に守られて熟るゴヤバかな
右手にガルフォ左手に蠅叩
厨房に来る雀にと蠅除を
一角の薬草園に十薬も

   ソロカバ          住谷ひさお

妻が汁我れが餅焼く雑煮かな
独り来て今十四人のお正月
新年会と云ふも親しき四人かな
新年会庭のジャッカをもてなされ
新年の霧雨も又楽しからずやな

   サンパウロ         佐古田町子

リハビリの左腕なでホ句を書く
生き甲斐の俳句ありてこそ老の春
ラッパ草ピンクも白も残花とて
囀りの遠のいてゆく夕暗に
紫陽花の露はむらさきしたたれる

   サンパウロ         小斉 棹子

風鈴や白紙うめゆく回想記
生業のなくなり久し夜の秋
祖母だけが呼べる日本名夏休み
クアレズマ名前忘れし人と逢う
ふところに雪降る故郷小正月

   サンパウロ         武田 知子

曽孫の所作笑いを誘い座の涼し
ポスターにビールの季節語らせて
大暑とて地獄の釜も覗きし身
振り向けば見果てぬ夢の虹も消え
はびこりし茗荷買う身の生活かな

   サンパウロ         児玉 和代

雑踏の街路乾きし地の灼くる
夕焼や暮るるに間のある立話
はたた神威光いずこに空鳴りす
老若を彩る旅の夏帽子
地平線に白き山なす雲の峰

   サンパウロ         西谷 律子

旅のバスちょっと気取った夏帽子
四人の子育てし腕西瓜抱く
力尽き噴水なだれのごとく落つ
洗濯機の音うち消して大夕立
サングラス違った世界見るような

   サンパウロ         西山ひろ子

和やかな声と風あり古団扇
草抜いて草根の強さの愛しかり
噴水の不意に上がりて空眩し
忙わしき音の明るさ夏の風邪
むし暑さ残る中途の雨上る

   サンパウロ         馬場 照子

葉の先に小揺らぎ開花月下美人
現し身の落下愛しむジャカランダ
満月の潤む夏暁燕飛ぶ
四季てふ定め貫く月日去年今年
邦人優勝果たす初場所冬の虹

   ピエダーデ         小村 広江

老幹の葉桜早も色づけり
かまきりの三角貌の怒りかな
栗飯に郷愁たっぷり炊きこめて
吾が夢にときめく色や夢百合草

   サンパウロ         川井 洋子

日盛りに食いっぷり盛んな男達
日盛りに老いぼれ犬の舌長し
一と筋の風に漂う夜の秋
夏草や移民の夢の耕地跡
モンステラの大葉に覗く海青し

   サンパウロ         大塩 佳子

初場所やなんとさわやか琴奨菊
八十路の友スマホ学びに夏を生き
雨季明けてルアに鮮やかクアレズマ
秋灯下頼り始めし拡大鏡
ふと思うあと幾年と夜の秋

   サンパウロ         大塩 祐二

久方の陽に草いきれにむせび立つ
街路樹の葉も散り始めて秋近し
冷夏とて薄物吊るす店もへり
じりじりとした暑さなき五輪年
夕凪や土蟻の群大移動

   サンパウロ         西森ゆりえ

明け暮れの暮色増しつつ二月来る
新涼や煮豆ほっこり炊き上る
デング蚊もヂカ蚊も貧しき国ゆえか
季を早め秋花早も街路染め
雨ごとに伸びて実らぬ豆のつる

   ヴィネード         栗山みき枝

ジブラデンにや色あざやかに庭先に
里の風四方の緑の息吹きかな
思い出も今日の糧と前向きに
望郷や有明のいさり火今も尚
ふくろうの鳴きて原始の杜の如

   サンパウロ         平間 浩二

大輪の花咲く如き金魚鉢
満ち足りて無言の二人夕端居
風鈴に心安らぐ夕べかな
ほどほどの知足の夕餉冷奴
雲の間に一閃裂きてはたた神

   サンパウロ         太田 英夫

日盛りや座るも立つもどっこいしょ
地球病み底のぬけたる大出水
夕立やドタバタ騒ぐトタン屋根
ケロケロと我を呼ぶなり雨蛙
サングラスちょいと気取って見たけれど

   アチバイア         吉田  繁

古代人の積みしピラミド冬の風
旅のバス日語の説明秋うらら
古代顔の人とピラミド見る天高し
秋の旅高原都市に河見えず
日本語の説明うれし人の秋

   アチバイア         宮原 育子

(百五才で亡くなられた東抱水さんを偲んで)
年暮るる携帯に聞く長老の訃
遺句『銀河』入選の報日本より
控え目に香水しのばせ夏の葬
抱水翁の形見のルーペ初句座に
新秋や白い靴下おろしけり

   アチバイア         沢近 愛子

朝顔の紫紺並べり飽かず見る
故郷の清水を恋ひて八十路
カーニバルが過ぎて静かにクアレズマ
移民妻秋の彼岸にとまどひぬ
余生人句短冊書く秋夕べ

   アチバイア         菊地芙佐枝

幾つでも食べたき栗や里の秋
一才孫抱っこをねだる秋暑し
歩を止めてパパ汗ぬぐふ秋暑し
枝豆をそっと呉れし友今は亡く
枝豆やなつかしき友さやをむく

   マイリポラン        池田 洋子

秋彼岸亡き師偲びてホ句を詠む
コスモスに囲まれし吾子幸あふれ
見て見てと孫がさし出す草花
初場所に十年ぶりの大和魂
爽やかに生きたしと我願えども

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