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「ある日曜日」(Um Dia de Domingo)=エマヌエル賛徒(Emanuel Santo)=(29)

「ワタシみたいに、育ちが悪くて、たいした教育も受けてない人間は、あちらじゃいい仕事に就けないんです。ワタシ日系人だから、まだ仕事が見つかりますが、現地人の女だったら、女中くらいの仕事しかないですよ」
「う~ん。でも、日本に長くいると、子供が懐かしいでしょ」
「そりゃもう。毎晩、子供のことを思って泣いてますよ。年に1、2回は、山ほどお土産を買ってペルーに帰りますけど、こんな生活いつまでも続けられないんで、稼げるうちに稼ごうと思ってます」
エレーナは、急ピッチでシャンペンを飲みながら、自分の苦労話を延々と聞かせてくれるので、適当なところで遮って、カロリーナがいなくなった理由について尋ねた。
「それも、話せば長くなりますけど・・・」
要するに、ボトルをもう一本とれという意味らしい。「南米で儲けてきた日本人」だなんて紹介してくれたジュリアーナを恨んでもしょうがない。カラスに目配せして、気前よくシャンパンを追加注文すると、ようやく私が知りたいことを話しだした。
エミーの話では、以前、店の常連客に一人の実業家がいた。南米帰りのその男は、陽気で冗談が得意な上に、下手ながら英語をしゃべったので、外人ホステスの間では人気者だった。
一方、その男の金使いは堅実で、ホステスの指名はせず、いつもセット料金の範囲内で遊び、勘定書の中身は細かくチェックしていた。
「でも、そのお客さんは、カロリーナと出会ってから急に変わりました。指名料は払うし、店に来る時はいつもプレゼントをもってきて、お金を惜しまずに使うようになりました」
「カロリーナは、月にどれくらい稼いでたの」
「それは営業上の秘密で言えませんが、カロリーナが稼いだ額は、今でも店の伝説ですよ。固定給のほかに、指名やボトルの数によって彼女の手取りが増えましたから」
「でも、ホステスの仕事は、給料もいいけど、その分出費も多いんでしょ」
「それが、カロリーナは、毎月稼いだお金のほとんどを、ブラジルに送ってました。ドレスはほとんど店の貸衣装を使ってましたし、宝石類もあまり身に付けてませんでした。悔しいけど、彼女は美人で素がいいから、それでも十分にきれいでした。それから、高級バックとか、お客さんから貰ったプレゼントは、ほとんど質屋に持って行って換金してました」
「で、カロリーナがここからいなくなったわけは?」
「それはですね・・・」
出てきた二本目のピンドンを見ながら、エレーナの目がまた何かを企んでいる。
「あっ、またシャンパンですか。実は、ワインがほしかったんですが・・・」
どうやら三本目のボトルの催促らしい。これからこの店が「外人」の客も歓迎してくれることを願って、思い切って奮発することに決め、カラスにエレーナの好きなワインを持ってくるように言った。
「実は、カロリーナは、同伴出勤をするお客さんとも一線を守ってましたが、その方だけとは深く付き合い始めました。休みの日には、二人でよく逢ってたみたいです。そのお客さんは、ここから歩いて行ける大久保のアパートに住んでました。私がカロリーナの友達ということで、クラブが閉まったあとに、一度三人で、職安通りのドン・キホーテの裏にある韓国料理のレストランに行きましたが、隣がその方のアパートでした。カロリーナは、毎晩タクシーで帰るとお金がかかるんで、時々その方のアパートに泊まってたみたいです」

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