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ニッケイ俳壇(887)=富重久子 選

   サンパウロ         平間 浩二

里山の一村挙げて吊し柿

【秋も深まってくると、この「吊し柿」が店頭に並び懐かしくてよく買い求める。
 この句の「里山」とはスザノあたりの地方であろうか。スザノ地方では柿の出る頃は、吊し柿や串柿作りで忙しいことであろう。
 「里山の一村挙げて」と言う詠みだしの言葉がとても印象的な佳句であった】

ふる里をすでに旅立ち秋燕

【二句目、そういえば最近窓の近くを横切って、スマートに飛んでいた燕さんを見ないなと気がついた。ぼつぼつ寒くなったので暖かい地へ旅立ったのであろうか。優しい心に残る句で、巻頭俳句として推奨させて頂く】

身に入むや祖国地震のいつ果つる
産土(うぶすな)の伝統の味胡桃餅
芳香の四方に漂ふ金木犀

   ポンペイア         須賀吐句志

朝顔の数え切れない明るさよ

【朝花が開くので「朝顔」といわれるが、晩夏から秋に咲き、最も秋に相応しい花である。
 庭先に植えられている朝顔なのであろう。朝一斉に花が開くと、全くこの句の通り数え切れないほどで、庭一面が明るくなる、という見事な写生俳句である】

秋惜しむ認知症なる友と居て

【作者はいつもまわりの人々に心を配り、世話をされる優しい先達の人。この句の様に物忘れの友達にも優しく接してあげる姿の見えるような、心打たれる佳句であった】

恙無く余生二人に秋深し
逝く秋や思ふは過去の事ばかり

   サンパウロ         串間いつえ

タピオカの屋台もありぬ土人の日

【街角で簡素な食べ物を焼く姿を見かけるが、「タピオカ」もそうした「屋台店」の様子であろう。「タピオカ」は、マンジョカの粉で、色々なものを乗せて焼いたものとの事であるが、一度食してみたいブラジルの食べ物である。四月十九日は先住土人を敬し、土人保護を奨励する日とあるが、「土人の日」という季語と「タピオカの屋台」の絶妙な選択の佳句であった】

鶏頭のその色も愛でけふ句会

【「鶏頭」といえば、あの横長い分厚い花しか知らない私に、娘が黄色の細長い鉢の花をくれたが、句会の友達からそれが「鶏頭ですよ」と聞かされて知った。また即座にこの句を詠んだ作者に敬意を表したい佳句である】

秋暑しうとうとしても歳はとる
キロ売りの豆柿袋いっぱいに

   訪日中           小松 八景

訪日に春の故郷の水旨し

【訪日の旅を愉しんでいる作者。故郷から写真や俳句や手紙を送ってくれたが、やっぱりこうして俳句を学んでいると、楽しい俳句が詠めてとてもいい思い出を残すことになる。
 一人旅で何時帰るかわからないとあり、しっかり楽しんで沢山旅の俳句を持って帰られることを期待している】

春の旅二国の里に感謝して
芭蕉庵入り口狭し春の風
池に蛙浮き彫り名句あり

   ペレイラバレット      保田 渡南

ダムつなぐ運河に大き大豆船

【イタイプラの滝を沈めてダムを作ったと言う事は、パラナにいた頃聞いていたが、それがセッチケーダという滝だったのであろう。私も移民して間も無くで、良く覚えていない。
 一連の滝とダムの雄大な佳句揃いである】

わが町を囲めるダムや秋めきぬ
イタイプラの滝このあたりダム蒼し
七つ滝沈めしダムの底知れず

   ボニート          佐藤けい子

豆たたく汗の形にほこり付け

【「豆たたく」とは色々あって、大豆叩き、小豆叩き、籾叩きなどなどある。私も終戦後小豆や大豆たたきなどした事があるが、大豆など叩くと、其の砕けた殻の誇りで大変。
 この句の様に、汗びっしょりになって作業がすむと、その殻の埃が体や顔や手にへばりついている。大変な農作業の姿が一句に現れた立派な佳句である】

メダリヤの届く吉日日雷
農業で良かった秋の土産物
ジカ熱の州都で暮らす子よ孫よ

   サンパウロ         大原 サチ

放牧の果てなきマ州秋深し

【サンパウロから奥地のパラナやマットグロッソの広大な地方に入っていくと、まことにこの句の通り「果てなき」土地が開ける。
 地平線まで続く土地には、多くの放された牛馬がのんびりと牧草を食んでいる姿が望まれて、実に悠揚せまらざる光景である。よく旅をする作者の写生俳句である】

旅一と日湖畔に秋を惜しみけり
チラデンテス金で栄えしミナスの地
街道に土地名産の熟柿買ふ

   イツー           関山 玲子

秋暑しどこへ行っても労はられ

【人間も八十を過ぎると立派な老人である。しかし、気分的にはまだまだ人様のお世話にもならず過ぎていて、年寄り扱いされると却って面白くないのはどうであろう。
 この句の様に、「どこに行っても労はられ」とは少し年寄りらしくしなければ、と思ったりする。何時までも元気でいたいと思うのは、誰しも同じ事で身につまされる一句であった】

いつの間に大きくなりて秋の鯖
秋夕立大雨粒で始まりぬ
魚嫌ひ四旬節でも肉づくし

   スザノ           畠山てるえ

仰ぎ見て振り返り見てパイネイラ

【われ等移民がブラジルに来て、最も忘れられない花はパイネイラである。桜のように何時までも懐かしい花である。
 「仰ぎ見て振り返り見て」と、全くこの句の様に、心に深く郷愁を託つ(かこつ)移民を癒してくれたのは、このパイネイラの花であった。しみじみ心打つ佳句である】

霧流る今年初めて見し朝(あした)
つきまとひ追へど払へど秋の蠅
何処へと知らねど帰る燕かな

   インダイアツーバ      若林 敦子

難民の行方決まらぬ聖週間
中秋や頬を抜けゆく風の音
シャーカラの燃ゆる火焔樹人目引き
中秋や未だTシャツ一枚で

   カンポス・ド・ジョルドン  鈴木 静林

霧深く村のボテコはランプ点け
秋暑し怒りっぽい猿白い牙
流れ星政争議会泥沼に
霧とざす村の渡しは晴れを待つ

   サンパウロ         秋末 麗子

秋燕元気で又と手を振りて
汚職の地チラデンテスを顧みる
吊し柿軒一杯に祖母の家
秋深し夕暮空の鮮やかに

   サンパウロ         建本 芳枝

釣り道具拭く老の背に柳散る
新米の一番炊きは仏壇へ
柳散る池の淵なる魚の群れ
一雨に上着の目立つ秋の朝

   サンパウロ         須貝美代香

全盲の杖のひびきや身に入むる
秋燕帰りて山河淋しかり 
尋ね来て木犀香る里の家
胡桃パンふっくら焼けて雲もなし

   サンパウロ         上田ゆづり

秋風に身を寄せ合ひて鳩の群
蜻蛉飛ぶ夕暮れさみし山の路
秋風に散りゆく花の憂ひかな
この治世見えぬふりしてぎんヤンマ

   サンパウロ         鬼木 順子

秋澄める横断歩道犬渡る

【一句目の俳句、中々珍しい光景の俳句である。鎖につながれた飼い犬が、青になった横断歩道を飼い主と共にゆっくりと渡っている様子であるが、何でもないようで居て微笑ましい情景の一句である。「秋澄める」と言う季語が良い選択で、その様子が清々しく詠みこまれている佳句であった】

湯上りの肌に秋風ここち良き
薄雲に飛機点滅す秋の空
南天や幼木少し色付きて

   サンパウロ         佐藤 節子

天の川星が輝く田舎町
天の川町では見れぬ清き川
鶏頭花種多くして桃色に
柿祭りモジ市と決まり何時いける

   サンパウロ         上村 光代

種を蒔き鶏頭の花桃色に
良い天気明日はバスで柿祭り
庭の隅鶏頭の花明るくす
母と見し星天の川も田舎かな

   タウバテ          谷口 菊代

色々な秋の花々庭いっぱい
夕方はこうろぎの雄雌を呼ぶ
魚市場太刀魚を買ひ夜食とす
カルナバル面をかぶりて仮装行列

 

◎ブラジル歳時記の上では、五月から冬の季語となります。初冬の季語を少し書きますのでご参
考になさって下さい。     富重久子

 冬めく・乾季・時雨・ウルブ・寒鯔・梟(ふくろう)・蟹仙人掌・蔓サンジョン・冬菜・母の日・兵隊の日(五月二十四日)等。

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