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ニッケイ俳壇(896)=星野瞳 選

   アリアンサ         新津 稚鴎

月のぼる口一文字にひきむすび
のぼりたる月の笑顔となりにけり
のぼる月の大いなるかなゴヤスの野
母やさしかりし雑炊熱かりし
雑炊の香も囲炉裏火も母も亡し
とろろ汁重ね恙もなく米寿

【今日は百寿を迎えられた作者の米寿を迎えられた時の句である。次いで百寿の句を期待する】

   プ・プルデンテ       野村いさを

ボーロ切る児等の歓声春隣
八百の寄贈書分類暮れ易し
冬うらら編棒を手にバスを待つ
降るように見えねど寒雷又一つ
贈られし酒熱燗でしみじみと

【作者は古い「木蔭誌」全冊をサンパウロの文協に寄贈されたそうだ。木蔭誌全巻と云えば大量であろうが、よいことをなさったと思う】

   カンポスドジョルドン    鈴木 静林

柿祭り外孫二人太鼓打ち
ブラジルにもよき菌有り茸狩り
山に遊び山の土産の木の実色々
形よき木実そろえて首飾り
暮の秋山で木樵りの斧の音

   ジョインヴィーレ      筒井あつし

清楚なる民族衣装秋祭
アコーディオン奏でるガウショ秋祭
ドイツ人ワインで祝う秋祭
チラデンチス国は汚職で揺れ動く
雲一点なき明けの空冬隣る

   グァタパラ         田中 独行

冬バラの赤きが散るを惜しむかに
切られまじ鋭きトゲや冬のバラ
潅水の池の掃除や水涸れて
水涸れてポンプ封印農きびし
冬めきて風呂焚くことに焚木取る

   サンパウロ         湯田南山子

研ぎ上げし刃の如き冬の滝
高原の町に住みなれ冬に慣れ
霜の夜のシャワーは侘し風呂恋し
スモッグの底に呻吟する大都
短日や書斎ごもりも飽きの来し

   ペレイラ・バレット     保田 渡南

月明に亡びの都クスコかな
露の慈悲説いて異国に僧老ゆる
仰ぎ見る椰子雫して良夜かな
寒灯や布につつまれ吾子戻る(次男事故)
やすらぎの心にホ句や冬の月

サンジョゼドスカンポス   大月 春水

宵の秋人待ち顔で佇ちつくす
あの頃は若かりしとアルバムを繰る
秋空に寒冷前線控え目に
久活を叙す娘の掌あたたかく
鳥居の奥の屏き秋の園

   ピラール・ド・スール    寺尾 貞亮

店頭に揃ひし柿や艶びかる
新米の玄米飯にゴマ添えて
新豆腐週に三丁食べにけり
新鮮に誘われ買いししめ鰯

   ソロカバ          前田 昌弘

倒れ伏すバッソリイに花を付け
狐火に怯える犬でありしかな
ここに巣ありの立て札に乗りふくろうは
凍雲となりて止まる飛行機雲
冬枯れの園に残りて常緑樹

   サンパウロ         寺田 雪恵

叱られて泣く声運ぶ秋の風
濃いうすいと云いつつ甘酒囲む友
干し柿も干し栗の甘さも里の味
甘酒に生姜たっぷり風邪ひかず
乱世にまどわされいて秋寒し

   スザノ           織田真由美

流れゆく水のひびきに秋の声
雨去って風の若きに秋の声
生きがいの薄するる日々の秋思かな
りんご切りかじる歯音を眩しめり
草じらみとりつつ風呂を焚きし日よ

   サンパウロ         武田 知子

句作しつ試行錯誤の木の葉髪
暮れ早し心が歩幅より先に
墨摺りて曾孫の命名小春かな
空風や赤き砂塵のパラナ道
せめてもと愛人の日は墓地に行き

   サンパウロ         児玉 和代

冬灯下邦字紙くまなく読み終えし
バス終点近くの独り小夜時雨
破れ毛布路上に生きて悲しき瞳
重ね着の重ね重ねて齢かな
片言でポ語恙なく生き移民の日

   サンパウロ         西谷 律子

ブラジルに子孫残して移民の日
耕地去る時も青空パイナ散る
いやな事断ち切る如くかぼちゃ切る
目印の冬帽なかなか追いつけず
二日目のカレーうましや冬の夜

   サンパウロ         西山ひろ子

揚げたての木藷ほうばる旨さかな
おしゃべりに知恵湧くヒント冬ぬくし
気のつけば奥歯かみしめ冷えし朝
親しきの冷たき手取り挨拶す
散るでなく静かにほどけ冬薔薇

   サンパウロ         新井 知里

春待つや夫に甘え子に甘え
寒波来て顔を洗うも勇気いり
冬晴や六人子持ちのダイヤ婚
挿し木せし猩々木まっかなり
冬ぬくしダイヤ婚の友のキベス姿

   サンパウロ         竹田 照子

吾卆寿出こぼこの道辿る秋
身に入むや友事故にあい車椅子
時雨降る池の釣人余念なく
望郷の想い出そそるイツー旅
バンガローの部屋あたたかしカラオケも出づ

   サンパウロ         原 はる江

我が通り八軒閉店冬きびし
恙無く余生の至福着ぶくれて
悴かむ手触れずアブラッソ妹久し
鉢植えの草むしりつゝ夫日向ぼこ
三日越し濯着を干して小春日和

   サンパウロ         玉田千代美

我も老い家も古びて隙間風
一人とはさみしき自由日向ぼこ
世の隅にしずかに老の日向ぼこ
止めどなく回想つづく夜の寒き
柚子風呂に心身ゆだね老の冬

サンパウロ            山田かおる

冷たき手今朝の握手をとまどえり
北の都ベレンの友等冬知らず
北の都ベレンはあたたか住む人も
冬の旅戻ればかけ来る犬五匹
花は待つ今日も来ぬかと句友の席

   サンパウロ         日野  隆

霜柱陽にキラキラと消えていく
冬来るたび故郷の雪なつかしむ
日光浴してぬくもり欲しい季節かな
おせち料理中味は去年と同じなり
冬仕度服広げてみれば虫の穴

   サンパウロ         平間 浩二

午後四時の至福の時間日向ぼこ
根深汁舌焼ける程熱かりき
来し方を頑固一徹懐手
勤め上げ心のゆとり日向ぼこ
寒波来ぬ血圧上る憂ひかな

   マナウス          東  比呂

寒風にアマゾン湖沼の魚喘ぐ
隣へと散りし落葉に気のもめし
アマゾンはまばら疎らに珈琲熟る
冬の日空カヌーの水尾にゆれ続く

   マナウス          宿利 嵐舟

母の日や不孝を詫びて茶碗酒
母の日やせめて写真に花一輪
一列に車道を渡る親子鴨
はらはらと木の葉降る野路の暮
一陣の風に木の葉の舞い踊る

   マナウス          河原 タカ

短日の家路を急ぐ婦人達
短日の樹海に眺む夕日見ゆ

   マナウス          松田 永壱

母の日に曽祖母に祖母が誉え合い
ママイの日きょうは主役の母ありて
佩けど散る車道の木の葉舞い上り
冬の月空の旅発ち無事祈る

   マナウス          山口 くに

渋滞に身動き取れず暮早し
送電線ヒュルヒュル鳴らす夜の南風
母の日や嫁がぬ娘を不憫とも
訪日の帳にははさみある木の葉

   マナウス          橋本美代子

暮早し帳簿の収支まだ合わず
橋真中吹き上げてくる大南風
鴨南蛮の脂の浮いた蕎麦のつゆ
今日散りし木の葉に淡き黄の残り
木の葉散る飛びたつ鳥の群のごと
病葉も虫喰いあとも木の葉散る

   マナウス          丸岡すみ子

短日や仕事進まぬ五十肩
短日やせわしく行き交う街の人
母の日や母の手取れば揉みさすり
風吹けば風に任せて木の葉舞う
木の葉雨いつしか我も高齢者

   マナウス          渋谷  雅

大南風露店商人早仕舞
母の日の些細な喧嘩後悔す
母の日を祝うことなく往った亡母
人絶えたシャッター通りに木の葉舞う
穴掘って木の葉集めて堆肥にす
日脚伸び自転車漕ぐ人走る人

   パリンチンス        戸口 久子

南風牧場の椰子木弓なりに
アマゾンに六十二年木の葉髪

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