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ニッケイ俳壇(899)=富重久子 選

   イツー           関山 玲子

寒の雷一喝されて眠られず

【雷は大体夏に鳴り響き、雲の峰に轟き渡り豪雨を伴ってくる事が多い。サンパウロは此処しばらく降雨が無く、雷も聞かず雨の待たれるこの頃である。
作者はイツーに在住であって、一日の仕事を終え早寝の床につく。心地よい快眠の枕元に突然一発、雷が轟き渡ったという一句である。この句の「一喝されて」という言葉が、後の「眠られず」に続き、何ともいえぬ爽快な佳句であった。       
「寒の雷」の強い響きの印象的な季語】

寒卵しっかり座る黄味白味

【二句目、「寒卵」という冬の季語もあまり今までは感じなかったが、この頃の寒い厨仕事には割った卵の、「しっかり座る」がぐんと身に迫る思いで納得される俳句で、惜しみなく五句をもって巻頭俳句として推奨させて頂く】

語らねど苦労を秘めて移住祭
冬霞バイロ一つを包みけり
枯茨(かれいばら)まこと小さき鳥住める

   サンパウロ         広田 ユキ

坐りても立ちても纏ひ来る寒さ

【最近の寒いことはどうであろう。泊まりに来る孫達の格好をみると、平気で薄い運動シャツをひっかけてスポーツしに出かけるが、やっぱり私は老齢だからであろう。
 この句の「坐りても立ちても」の言葉の選択、そして「纏ひ来る寒さ」の締めくくりの洗練された切れのよさに感心させられる】

寒波来て電気毛布の出番あり

【電話で「とうとう電気毛布を使っているのよ」と聞いたが、その時の一句であろう。
 作者は、どんなに寒くても何時も立派な俳句を投句してくれる先輩の佳句であった】

 浮浪者の凍死の話寒波来る
 混血の増えし家族や移住祭

   サンパウロ         近藤玖仁子
地球儀で孫と旅する冬麗

【幼い頃、父が大きな地球儀を買ってよくあちこちの国々を説明してくれたことを、ふと思い出した懐かしい俳句であった。
 この句も孫さんを相手に地球儀の国々を指しながら、孫さんと夢の旅をしている様子であろうか。「大きくなったら一緒に旅をしましょうね」、と言う作者の姿の見えるような佳句であった】

生かされて白菜めくる時さみし
空の闇宇宙船ゆく七夕祭
冬ざれや夜一人座し香を聞く

   スザノ           畠山てるえ

寒波来る動けばさほどでもなくて

【朝起きて寝巻きから服に着替える時、本当にブルブルっと震えそうになる。下着から靴下、毛糸のシャツそれにカーデガンと、まるで雪国の出で立ちのようにまるくなる。
しかしこの句にあるように、暫く掃除、洗濯、炊事等忙しく動き回っていると、いつの間にか薄っすらと額に汗をかくぐらい温もってくるのはどうであろう。その様な女性的な家庭での好ましい佳句であった】

 隣人の越して久しき枯芭蕉
 菜園の凍てて園主の立ち尽くす
 一皿はモコトスープよ煮凝れる

   アチバイア         宮原 育子

若者は炉話も無くスマホ繰る

【最近この「スマホ」に夢中になって交通事故が増えた、というニュースが放送されていた。ブラジルではどうであろう。とにかく大変な事である。
 この句の様に「炉話もなく」ということは、囲炉裏端での会話もなく、つまり今の若者達は食事後の団欒もなくということであろうと思う。誰も彼も携帯で話したり写真を写したり、便利といえば便利であるが、中々年寄りにはついて行けない、近代世情を詠んだ佳句であった】

戦火なき国に住む幸春隣
霜枯の畑に無念を捨てきれず
ピウと鳴くいるかの声に癒さるる

   ボニート          佐藤けい子

寒夕日風が背を押す野良帰り

【ボニートの方も雨が無いのであろうか。野良仕事を済ませて家路を辿る頃、丁度太陽は西の空に沈みかけてをり、寒気に一層夕日が輝いている。そんな夕焼け空を仰ぎながら冬の冷たいそぞろ風に押され、家路を辿っている作者であろう。美しく平和な佳句である】

ごまおはぎ作り二人のサンジョアン
石段を登るすず蛇雨上り
苗切って知らぬ存ぜぬ夜盗虫

   コチア           森川 玲子

風受けて風にふくらむ寒雀

【「寒雀」のような小鳥がよく出窓に来るので見ていると、日本の雀と全くよく似ているが、今はもう日本の雀がどんな様子であったか忘れてしまった。
 「風受けて」ふっくらと膨らんだ雀を詠んで見事。「風にふくらむ」愛らしい雀の様子が手に取るように見えてくる。「寒雀」の申し分ない写生俳句であった】

山茶花をやさしく散らす山の雨
湯豆腐や小振りの土鍋ふつふつと
明け方の峡しづまりて月冴ゆる

   サンパウロ         上田ゆづり

掌(てのひら)にほどよき重みかぶらかな

【「かぶら」、赤い小粒のかぶらは、葉を括られてひと束になって売られているが、ほどいて葉っぱを切り落としきれいに洗って掌に乗せて見ると、真にこの句のごとく「程よき重み」で愛らしい。この作者らしい繊細な情感の込められた女性らしい佳句である】

世の闇にせめて灯りを石蕗の花
遊び場はひっそりとして冬休み
子等集ひすき焼き鍋の小さくなり

   バルゼングランデ      飯田 正子

子供の園庭に一株桃の花 

【「子供の園」にはずっと昔慰問に行った事があるが、もう十何年も前のこと。あの頃は躑躅が満開で美しかった。
この句の様に、きっと今頃は桃の花が盛りなのであろう。「庭に一株」とあって、たった一株の桃の花にも、作者の「子供の園」という特殊な環境に暮らす人々に、優しい想いの込められた俳句で、季語の「桃の花」が一段と清々しい佳句であった】

大霜や野菜もやけて高値なる
春近し客で賑ふピッサ店
冬菜漬チンゲン菜も漬けてみる

   インダイアツーバ      若林 敦子

雨あがり眠れる山に薄日さす

【冬になると山は黙々としてまるで眠ったような感じがするので、「山眠る」という好ましい冬の季語がある。そんな山に雨上がりの柔らかな日が差して、揺り起こしているような感じを優しくまとめた俳句である。サンパウロ市を離れた長閑な街に住む作者の、雨の上がった自然の美しさの写生俳句であった】

車椅子音を残して落葉道
それぞれのルーツを胸に移住祭
移住祭地震なき地をよろこべり

   サンパウロ         高橋 節子

無農薬買って戻りし冬苺

【最近は野菜も果物もみな無農薬のものを買っている人が多い。特に生で食べるものは無農薬の方がよいと思う。苺など農薬を使っているものは、見た目は粒揃いで綺麗である。.
この句、無農薬の苺を買ってきたいう一句で、綺麗に洗ってざるに水切りしている苺はとても美しい。女性らしい佳句であった】

芸能祭老も若きも連れ立って
渡伯して九十一年移民の日
百歳を目指す先生冬の薔薇

   サンパウロ         建本 芳江

冬休み旅へ宿題持たされて

【この句を読んで、幼い頃を思い出している。
 夏休みはよく旅に連れて行ってもらったが、鞄の中には必ず宿題帳が入っていた。この様な親の教育熱心は今の時代にも続いているのだなと思って、考えさせられる俳句である】

山小屋の冬の灯火ガスランプ
蕪漬けて食卓飾る赤白に
スキヤキや今は世界のレシピへと

   サンパウロ         小林 咲子
 
白鳥や水面に一羽孤独なる
底冷えや熱きお風呂の心地よさ
七夕や短冊吊るし人を恋ふ
手足冷え窓ガラス越し日向ぼこ

                  

   アチバイア         菊池芙佐枝

棺の弟暖房の中目覚めそう
帰宅待ち春を待ちつつ義弟逝く
我が十代焼藷胸に帰路楽し
ストーブに弁当寄せて語りし日

   アチバイア         沢近 愛子

冬帽子被り吟行八十路かな
吟行や見上げる空に飛行雲
訪日や夫とイルカショー観たり
冬うらら句会に行く日いそいそと

   アチバイア         吉田  繁

虎落笛ランプの灯影揺れる土間
そら豆の花咲き初めて春近し
なつかしや馬も同居の囲炉裏端
水しぶき大喝采やイルカショー

   アチバイア         池田 洋子

桜愛で至福の時やお茶一服
移民船イルカと出会ひ歓声わく
冬ぬくし味はひながら喫むこぶ茶
短日や人待ち顔のお茶の花

   ピエダーデ         高浜千鶴子

脂肪草尋ねて見たき入植地
日短か忘れてならぬ入植地
短日やあれもこれもと仕上がらず
約束の旅行も近し日脚伸ぶ

   カンポス・ド・ジョルドン  鈴木 静林

寒釣りや釣堀に半日魚信なし
寒釣りや釣堀の魚ずる賢こ
寒釣りや釣り上げしもの雑魚ばかり
日向ぼこ隣の猫も仲間入り

  ソロカバ          前田 昌弘

藤棚にただ一房の返り花
帰り花振りかへりつつ帰る友
大聖堂広場彩る紅イペー
凛として葉を落としたる冬薔薇

 

◎まだ寒さが続きそうですが、ブラジル歳時記では八月から春の季語となっておりますので、早春の季語を書かして頂きました。どうぞご参考になさって明るい春の俳句をお待ちします。
   早春・春風・水温む・サビア・仔馬・燕
   桜草・若草・木の芽・終戦日(敗戦忌)・
   父の日・春愁・春眠・など。      久子

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