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ニッケイ歌壇(518)=上妻博彦 選

      サンパウロ      梅崎 嘉明

ブラジルへ移民調査の細川氏わが陋屋(ろうおく)を訪ねてくれし
移住時を語れば胸のつまりくる我に周平氏はビデオを向ける
幅広く取材重ぬる細川氏われにまつわる記事載せくれし
吾が歌碑と共に撮りたるうつしえを手紙にそえて贈りたまいし
わが歌碑とふた分けし石ふるさとの河川工事の由来記と建つ

「評」生きたコロニアの移民史を語ってくれる人も少なくなって来た。往来を語ろうとすればするほど胸につまる出来事のみが浮び来る。取材の細川氏と、涙もろくなった老移民の一齣が、痛いほどに伝わる。

      グァルーリョス    長井エミ子

イペーホッショこぼるる花の街道のポンカン売りの娘(こ)は紅刷(は)いて
山肌に雪崩のように家ありて天に浮きたる月冬の色
宇宙より地球開発進めよと午後の光に揺るる蓑虫
蜃気楼追っていたよな日々でしたおしろい花の満開の今日
もういいの頑張るなんて言はないで手紙の一ツ書けない汝に

「評」発想は心の赴くまま、それでいて理屈で終わらない、『娘の紅刷く』になり『揺るる蓑虫』といった具体。これが、一首の流れに実に自然な韻律である。よって蜃気楼の様な日々を気付かせもするのだ。

      サンパウロ      相部 聖花

自然死を望みし夫は意の如く静かに逝けり言挙げもせず
「病なき、全き自然死」引き出しにメモを残せり医師でありし夫
朝夕に神に祈るは「残されしこの世の勤め果させ給え」と

「評」人間の終を三首に詠んだ全き作品。医師である夫の残したメモ、自然死、そして『この世の勤め果させ給え』との祈りであった。

      サンパウロ      武地 志津

常套のかち上げ一発白鵬の苦手力士を組ませず倒す
「勝ち方はどうあれ勝つのは大変」と大台目指す横綱白鵬
上位陣序盤に星を落としゆく予期せぬ波乱この名古屋場所
意義のなき輩(やから)の殺意バングラに邪人七人散りたる無念
テロ行為一層激しく巧みにて不気味な気配世界を覆う

「評」取り組む前から、日馬富士の低い攻めをどう起すかばかりを思って観ていたが、ついに適わなかった。千載一遇の好機を逸した、とは思いたくない稀勢の里、のこる白鵬との一戦にかかっている。

      サンパウロ      水野 昌之

杖を突き老人歩いて行ける距離短くなりぬ庭先限度
百歳まで生きよと期限を切るごとく言われても寿命意のままならず
死亡記事読むたび吾の年齢と比べて安堵と焦りを覚ゆ
九十を過ぎても変化なけれどもやたら目に付く「死」という文字が
老いるのも悪くないねと思わせる身綺麗にして社交も上手

「評」世の中には身綺麗なままで上手に渡る御人もあるが、やはり人それぞれの瞳孔に終いに『写るものが何か』であるのではないだろうか。

      サンパウロ      武田 知子

そのかみはダッカにテロも無く平和異国の我にやさしかりしに
その国に尽せし同胞七人の命奪われ胸痛む今
地球規模悲しき程に人命をいともたやすくかくも殺める
国々の政治異変のたけなわに選挙騒動のニュースかしまし
近郊は知らず聖市に住み古りてマリンガの旅の誘いうれしき

「評」情報の溢れる世界の中に生きていると、個人の価値観を規正するのにも忙しい思いをする。せめて自然と融合する時間が欲しくなる。

      サンパウロ      坂上美代栄

日本祭り拡張されし会場は冬陽の中にタンカーの如し
アパートより日本祭りの会場は直線コース目測二キロ余
ここまでは中の賑わい伝わらず郷土食ブース新聞に追う
冷えた足打ちつつ吾は足湯なるコーナー見たしあやかりたしと
日本祭り会場眺め十九年よほどの出不精その気になれず

「評」年々賑わいを見せる、日本祭。郷土色豊かな日本文化を感じ取ってもらえる物であってほしいと。

      バウルー       小坂 正光

昼食後いこいて居ればヘリコプターパタパタ音たて屋上を過ぐ
雷(あかおに)と女形が恋をしわたむれる歌舞伎の放映面白く観る
日本芸術歌舞伎の女形厚化粧男女を酔はすその倒錯美
空港に近き吾が家、練習機がグライダー曳きて青空を飛ぶ
二十一世紀、食糧豊と思しいに現状は難民多き国あり

「評」一首目の『パタパタ音たて』実感そのもの、理をはさまない表現が読む者の心をひきつける。

    サンミゲル・アルカンジョ 織田 真弓

冷え性を疎みつつもまつわれる消極の殻脱ぎきれずいる
霜に荒れしアバカテの葉叢ほの暗く乾季の雨が音たてて降る
さまざまの声を残してピニャールの電化工事は最終に入る
葡萄の花芽なきものはひと時を土彩どるのみに除かれている
限られた枠より出んと目論めど所詮は弱きものの足掻か

      サンパウロ      若杉  好

未熟なる一箱の柿を貰いたり秋は来たりと告げるが如く
久々に陽は映えいつつさわやかな緑の樹々に小鳥とびかう
永雨の止みたる今朝のアバカテの若葉はさやに輝きて見ゆ
星一つ見えざる闇に重々と虫もおびえる如く鳴きおり
美しき草原と言うこの町に移りきて早や八年を過ごす

    サンミゲル・アルカンジョ 山口すえ子

帰化手続終えたる夫の饒舌のなかにひそめる寂しさに触る
久々に帰省せし娘は吾が留守に白菜漬けて帰りゆきたり
音高く空鑵転がす風ありて捉え難き不安ひろがりてゆく
薬草に親しむ日多しいまひとつ大ぶりの土鍋買わんと思う
唐突の娘の婚約を語る歌友の五つ六つは老けし顔して

      サンパウロ      上妻 泰子

渡る風の日毎春めく野をゆけばふと故里の桜が浮かぶ
手術後の痛み耐えいる我が顔を無言の夫は汗ふきくるる
一人寝の病室に夕べ近ければそぞろ思いぬ留守居の子等を
貝殻に砂までつけて持ち帰り海辺を語る子等声高に
行く雲を写し静もる池の面に赤あきつきて水輪つくれり

「評」以上四名の四十数年前の作品を挙げて見たが、鮮明で純朴な作品群である。現在も実作にはげんでおられる。

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