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建設工事開始時、現場に掛けられた工事看板
建設工事開始時、現場に掛けられた工事看板

実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(13)

 こんな会話の日々もあって、『大きな舞台で新しい仕事を見つけて、発展をめざしたい。出来ればお金ももっと稼いで、田舎で窮屈な暮らしをしている妹たちにも良い生活をさせたい』そう願っていた勝次に耳寄りなニュースが入ってきた。
『日本の大きな会社がブラジルに進出して近代製鉄所を建設する。その会社ではブラジルで大量の人を採用するが、その建設や操業指導には多くの日本人技術者なども派遣されて来る。ただ、問題は言葉なんだ。殆どの日本人は、ポルトガル語は勿論、英語も分から無い。で、このギャップを埋めるため、現地のポルトガル語と日本語、両方を分かる人を会社は探している』と云うのだ。
 更に話を聞くと、「現場は今まで日系人が入っていないミナス州の東部だ。会社側が現地に宿舎や住宅を建てているので、採用者の住居、食事は会社で世話をする。給与はその人の能力にもよるが、通常の会社の2倍以上と考えてよい」とのことだ。
 「要は健康で働く気のある人ならOKと云うことだな、チャンスだ!」―勝次は早速応募し、良好な成績で採用された。
 「さあ、新天地で腕試しだ」勝次は嬉しかった。いままで育ったサンパウロ州の地方から別の土地、ミナス州ドーセ河流域へ移ることなど、全く気にならなかった。「どうせ向こうにもおてんと様は照っている、米のメシもあるだろう。実力発揮の第一歩、思い切り働いてやるぞ」勝次は自分に言った。

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 一九六二年、ミナスの空は抜けるように青かった。
 その乾いた空気の中で大勢の人々が活気に満ちて働いていた。
 重い機械を積んだトラックやダンプカーがもうもうと土埃をたてて走っていたし、その間を縫うように技術者を乗せたジープがせわしなく行き交っていた。
 勝次のいる製銑工場の現場には建設途上の何十メートルもの高さの高炉や熱風炉がその威容を見せていたし、前の方には完成ま近というコークス炉がその黒々とした姿でそびえていた。
 『ダダダダーー』――リベットを打つのか圧搾空気の音、「ウオーン」クレーンのうなり、金属と金属の打ち合う音もして、ここはエネルギー溢れる建設現場だった。
「勝次、これねえか」口の前に二本指をあてて、タバコを吸う仕草をしながら、三郎が近寄って来た。
「うん、一服するか」丁度自分の仕事も一区切り付いた所だったので、勝次も応じた。タバコの箱を取り出すと三郎にとらせ、自分も一本を口にして火をつけた。
「どうだ、炉の工事の方は順調に行ってるか。吉田さんの話では会社は十月末までにはどうしても火入れしたいんだそうだ。年末に近くなれば雨の日も多くなるし、休日も多くて仕事も捗らない。会社として、もう年を越すわけには行かないだろうしな」
「フーン、そうか。我々には全体のことはよく分からんが、俺のやってる所だけを言うなら、半月は遅れているな。十月完工するには、もっと人もいれて、資材も遅れないように手配して貰わないとならないだろうな」
 三郎はうまそうにタバコを吸って、口先を丸めてフーと吹き出した。丸い煙の輪が出来て上の方へゆらゆらと揺れながら上がって行った。

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