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医学英語に似たポ語の不思議=ラテン語由来の意外な共通点=語源から見た言葉の奥深さ=サンパウロ市ヴィラカロン在住 毛利律子

 ここ10~20年の間に日本の医学界では、アメリカの影響で「医学英語」が席巻するようになってきた。これが、「受験英語」しか知らない日本人にとっては相当に難しい。なぜ難しいかというと、その語源がギリシャ語やラテン語にあるからだ。大学の英語学担当の指導教師も、ラテン語やギリシャ語の基礎知識を学ばなければならない。筆者もその一人だった。四苦八苦してラテン語、ギリシャ語、ゲルマン語からの派生語(英語)など、頭に叩き込まねばならなかった。ところがブラジルにきてから病院の各科の表示や病名、街中の看板を新鮮な気分で眺めるうちに、「オヤ? これは、身体の部位に使われていた言葉に似ているな」と思い始め語源を辿るようになった。すると、出てくる出てくる――「トリビアの泉」。改めてポルトガル語の語源を尋ねて、言葉の持つ奥深さを見直してみた。

 西暦2000年前後から世界が一瞬にしてインターネットで繋がる、いわゆるグローバル・コミュニケーション社会へと変貌した。20世紀にアメリカは超大国となり、アメリカ発信の情報とアメリカ英語メディアが世界を牽引し絶対的有利に立っている。
 そのころから日本でも多くの大学で医療系の講座に「医学英語」という履修科目が強化されるようになった。医療の分野では医師をトップに、薬剤師、看護師、理学療法士、作業療法士、地域の訪問医療などで働く人材育成である。
 医師は所属機関で症例を報告する年報に日本語と英語両方で論文発表することや、年々増えてくる外国人患者に対する英語会話での診療。看護師、薬剤師は医療器具、薬の取り違え、表記を読み違えないようにするために、医学英語を学ぶという状況に急速に変化してきた。
 すると、これまで受験英語を勉強してきた学生たちが、医療系大学への入学後は医学英語という新分野に挑戦しなければならなくなった。英語だけでも難しいのに…。
 この医学英語に悩まれた大学教員時代を経た後、ブラジルに来てから不思議な経験をするようになった。「どこかで見覚えのある単語」が散見されるようになったからだ。ここはラテン語から派生したと想定されるいわゆるロマンス語を母語とする人々、ポルトガル語を話すラテン系民族の国だったのだ。

アトラスと、アトランチコ(大西洋)

 このたびのリオ・オリンピック報道では競技成果もさることながら、印象的だったのは空から見るリオの海岸線の美しさであった。ブラジルの海岸線の長さは世界第16位で、海洋国家日本は第6位だそうだ。
 ブラジルの海岸線が向かう大海原は「オセアノ・アトランティコ(oceano Atlântico)」(ポ語)である。この大海原は、なぜかいつも煌いているように映り、魅力的である。
 この言葉の語源はギリシャ神話に登場するティタン族の巨神・アトラス(「支える」という意味)に由来するという。そのアトラスは天空(別説「地球」)を支えている。
 1569年、フランドル(現ベルギー)出身の地理学者ゲラルドゥス・メルカトルが地図本の表題をAtlas(アトラス)とし、その表紙にアトラス神を描いた。以降、世界地図帳にアトラスの絵が定番となり、世界地図をアトラスと呼ぶようになった。
 それでは、なぜ大西洋がアトラスに因んでいるのか。
 ギリシャ神話の英雄・元祖「白馬の騎士」(ペルセウスは、死者の国の化け物でなんでも石に変える能力を持ったメデューサを退治してその首を取る。ギリシャ神話の時代には世界の西の果てはジブラルタル海峡と考えられていた。

哲学者プラトン(Raphael [Public domain], via Wikimedia Commons)

哲学者プラトン(Raphael [Public domain], via Wikimedia Commons)

 そこにいたアトラスに、ペルセウスはメデューサの首を見せたところ、アトラスは石と化し、その場所がアトラス山脈(北アフリカ。モロッコ)となった。そしてその西の海を「アトランティック・オウシャン(英)=オセアノ・アトアランチコ(ポ)」とギリシャの哲学者プラトンが述べたという(プラトンについては、次の項目で説明する)。

環椎(かんつい、Atlas、略してC1、By Anatomography, via Wikimedia Commons)

環椎(かんつい、Atlas、略してC1、By Anatomography, via Wikimedia Commons)

 さらに、今日のアメリカ大陸とアフリカ大陸の間に、プラトンが彼の著書『ティマイオス』で、《オセアノ・アトアランチコには「アトランティック大陸」が浮かんでいたが、そこに繁栄した王国は強力な軍事力をもとにして世界覇権を狙ったためにゼウス神の怒りに触れ、一夜にして海中に沈められた》と書いた。この『謎の大陸説』は一大ブームとなってもてはやされた。
 さて、人体に関していえば、人間の頭(頭蓋骨)を支えている首の骨の一番頭側にある環椎(かんつい)のことをアトラスとよぶ。頸部(Cervixセルビックス)の一番目にあるためC1という。要するにアトラスが天空を支えたように、医学では頭を支える一番目の骨をアトラスと呼ぶ。

 アトラス(環椎)

ギリシャ神話のアトラス神(Wikimedia Commons, the free media repository)

ギリシャ神話のアトラス神(Wikimedia Commons, the free media repository)

 アメリカ合衆国の大西洋に面したジョージア州の首都アトランタで、1996年、近代オリンピック開催100周年記念大会が行われた。このアトランタは、ウェスタン・アンド・アトランティック鉄道の最終駅を意味している。
 一言でいえば、ブラジルが面する大海原「オセアノ・アトアランチコ」はギリシャ神アトラスから派生した言葉となる。

高原のプラタナス並木、肩幅の広いプラトン

 7月、8月といえば、サンパウロの各地で桜祭りが開催されるが、その一つ、カンポス・ド・ジョルドンという町が桜見物の客で賑わう。その町は桜だけでなく、街路樹のプラタナスが美しいことでも有名だ。
 このプラタナスの「plat(プラット)」は、「広い」を意味するギリシャ語形容詞プラテュスに由来する。スズカケノキ属のプラタナスPlatanus occidentalisの葉は広く、枝も広がることからそのように命名された。
 ギリシャ語のプラテイアから、英語には高原、大地を意味するプラトウ、あるいはプラトー、「平たい、平原、水平面、飛行機(翼が平たい)、平面図、設計、計画」」を意味するプレインが英語で、ポルトガル語ではプラーノ、お皿は英語でプレイト、ポルトガル語でプラット、血小板は英語でプレイトレット、ポルトガル語ではプラストシットあるいはプラケッタ・サンギニアといった派生語や類語が生まれた。
 ちなみに、プラトニック・ラブ(精神的な愛。現在ではほぼ死語?)といった言葉で有名な、ギリシャの哲学者プラトン(紀元前427―347頃・前出)は名家の血を引く祖父の名を継いで「アリストクレス」が本名。がっちりとした立派な体格をして、肩幅が広かったため、レスリングのトレーナーが「肩幅の広い(プラテュス)男」という意味で「プラトン」と呼んだあだ名が後世に定着した。
 プラトンはオリンピックのレスリング種目で2度優勝したという。アテネの北西部アカデメイアの郊外の森に建てたプラトンの学園は、英語のアカデミー(学院)、ポルトガル語ではアカデミアである。

ヤシのパームと、ブラジルサッカーチーム・パルメイラス

ソシエダーデ・エスポルチーバ・パルメイラスのロゴマーク(Sociedade Esportiva Palmeiras [Public domain, Public domain or Public domain], via Wikimedia Commons)

ソシエダーデ・エスポルチーバ・パルメイラスのロゴマーク(Sociedade Esportiva Palmeiras [Public domain, Public domain or Public domain], via Wikimedia Commons)

 パルメイラス・ロンガス(長掌筋)はラテン語のパルマ「手のひら(筋)」のことで、握りこぶしを作ったときに手首から肘まで、最も長く目立つ腱のことである。ラテン語ではL(エル)の発音をしていたが、古フランス語を経由するうちにL(エル)の発音が消えて「パーム」となった。
 ベトナム戦争で広く知られたナパーム弾はナフサとヤシの油を用いて作られた。カンヌ映画祭の最高賞はフランス語の「パルム・ドォール(金のシュロ賞)」はナツメヤシが「勝利・栄誉の象徴」とされることから、トロフィーはその形を象っている。
 女王ゼノビア(西暦267―272)が治めたパルミラ(ラテン語読みパルミュラ)は、現在戦時下のシリアにある代表的な古代遺跡の一つである。女王統治下のパルミラはナツメヤシの林に囲まれた美しい帝都であったという。
 インターネット動画サイトで、ドローンが捉えた現時点の遺跡の状況を見る事ができるが、そこには破壊からわずかに残った古代都市の威容と、戦争によって無残に破壊されていく国の姿を同時に目の当たりにする。
 さて、ブラジルを代表するサッカーチームといえば、コリンチャンス・パウリスタ、サンパウロFC、SEパルメイラスである。そのユニフォームの色が白と緑で、公式サイトには、Alviverdeアウヴィ・ヴェルジと表示されている。
 このAlvo, Albi-アルブなどは、動植物のタンパク質Albuminアルビューミン(ラテン語)アルブミン(英語)は、卵の白身から最初に抽出されたことに由来する。
 Albinoアウビノは、ポルトガル人が大航海時代にアフリカの西岸で見た白い肌の黒人をアウビノ(albino先天性色素欠乏症)と呼んだことが始まりと言われている。
 また、albumアルバムは、何も書かれていない白い板に由来する。

国別「筋肉」単語列挙

 サッカー選手の9割は「フットボーラーズ・アンクル」という職業病を持っているという。足首を酷使するためにその個所に「骨棘:オステオファイト」ができる。そこが骨折すると「関節ねずみ」になり、結果、手術が必要となる。スポーツマンのけがを守るには強力な「筋肉痛」を作り上げなければならないが、「筋肉」の語源はギリシャ語のミュース(ねずみ)、英語のマウスである。
 そこで、世界の様々な「筋肉」の言葉を列挙してみよう。
 ヨーロッパの言葉は、まずもってギリシャ語とラテン語が語源である。
ギリシャ語=ミュース
ラテン語=ムスクルス
英語=マッスル
ドイツ語、オランダ語=ムスケル
ロシア語=ムイシーツア
フランス語=ミュスクル
スペイン語、ポルトガル語=ムスクロ(músculos)
イタリア語=ムスコロ
エスペラント語=ムスコロ
ハンガリー語=イゾム
中国語=ジンロウ
ヘブライ語=シャーリール
 日本語の「筋肉」は中国語の漢字に由来しているので、竹と肉(月)と力を組み合わせた会意文字(複数の字の要素を組み合わせて新しい意味を作ること)である。つまり、「筋」とは、肉の中を通る、竹のように力のあるスジ(筋)ということになる。
 ギリシャ語の「ミュース」はもともと「ネズミ」の意味で、ラテン語がこのmusを借入したとき、-culusクルスをつけて「小ネズミ」とした。なぜネズミとしたかという理由にはいくつかの説があり、
①力こぶを作ると、皮膚の下に小ネズミが動いているのが連想される。
②ネズミの皮をはがした状態が筋肉に似ている…といったものだそうだ。
 最後に、Pig Latin(ピッグ・ラテン、「なんちゃってラテン語」ではuseclemayアスクルメイ(アッスルメイ)という。この言葉遊びは、英語圏でかなり昔に流行った言葉遊びで、英単語の頭の子音を語尾に移して、その後ろにay(~エイ)をつけると何となくラテン語っぽくなるというもの。
 検索サイトのグーグルで「言語ツール」を開けば、いろいろと面白い言葉遊びが楽しめる。
【参考文献】
片岡孝三郎「ロマンス語語源時点」朝日出版社(1982)
郡司利男「英語学習逆引辞典」開文社出版(1976)
ウェブスターズ・ワード・ヒストリー
Mariam Webster, Webster’s Word History 1994
他、検索サイトwww.google.co.jp

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