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ニッケイ歌壇(520)=上妻博彦 選

サンパウロ   梅崎 嘉明

リオ五輪不安の多く言われしが開会式は世界が賞賛
ブラジルの知能あつめし企画とか終始見惚れし夜の更くるまで
日本式におじぎをなして涙する柔道ラファエーラの動作を讃う
ロンドンの五輪で敗れしラファエーラの執念よろし金賞得たり
黒人に日系東洋系の賞多く日毎楽しくテレビに向う

「評」五輪賞賛の第一弾。淡々とした写実詠でありながら、心にしずめた慶びがある。

サンパウロ   遠藤 勇

長日照り再び来るや水飢饉青空眺め憂うやしきり
西空を茜に染めて沈む陽は明日も晴れだと非情な顔で
目は霞み耳疎くなる老いの身に舌の味覚は健在で有り
我が庭の木葡萄の実は熟れ初めてサビア集いて食べ散らし居り
熟れるだけ食べ尽くしたるサビア達又来年と飛び去り行きぬ

「評」三首以下、達観と安泰でありながらも一、二首の自然界の驚異は自分一人だけでは済まぬのだと言っている。文芸に打ち込む氏の鮮明な作品。

カンベ    湯山 洋

戦争の埃を被った親と子は異国で馴れぬ鍬に明け暮れ
未明より親に負けずに鍬引けば夕の灯りも早く消えたり
移り来て筆を鍬えと替えた父子らが紙筆に触れぬを憂う
代代を筆が支えた我家系子らが不憫と母は涙す
酒に酔い自責の念か失望か父は呟く「貧すれば鈍す」と
頑に鍬引き続けし少年も半世紀過ぎ歌などを詠む

「評」つぎつぎに跡切れない湯山氏の稿に研きが感じられていたが、後半の三首によって納得ずく。「母の涙」と「父の酔い」も「戦争の埃」。しかし決して「鈍」してはいないと會ての少年が歌を詠む

バウルー   小坂正光

幼少より多少意地張りの吾れ怒りし時には意外に強く
吾が母の短気な所を吾も継ぎ背中に時々お灸を据えらる
川向うの一人の幼友訪れて吾れひねもす遊びいたりき
老妻も八十路半ばを越えたれど尚家事こなすことの幸せ
今日ひと日神のいのちに生かされて過ぎ行く吾が身の有難きかな

「評」小坂正光氏が少年の頃を振り返り回想の作品を書き出した。先ず、ここに「南春」と言う随筆集の贈呈を賜わった。その八ページに「いじめ」のかき初めを読み、小生の少年期と同じ事に出会い驚いた。耽読させて頂く。

カンベ   湯山 洋

忘れてた父の三十七回忌父の日となり指折り数える
大変な出来事だった父の死も時は持ち去る思い出までも
酒好きで煙草を愛して父は逝く星の彼方に涙した日も
我兄弟未だに農業続けをり父の望みを子等に継がせて
その昔父が造った食卓に父を知らない孫子が並ぶ

「評」氏の作品を読みながら、つい昨日家族が集い父の日を祝ってもらったことを思い自分の父の五十年忌はと、指をおりつつ、朧となる自身を反省している。「酒は害」「煙草は毒」といいつつ、ついに酒はやめられず、逝った筆者の父であった。「光陰は矢の如し」。身辺を読み上げる家族愛の短歌である。

サンパウロ   武井志津

信念を貫き都知事当選の小池百合子氏冷静にして
初めての女性都知事の其の手腕品良き容姿に膨らむ期待
千代の富士膵臓癌に逝きしとのニュースに亡き娘が不意に浮び来
大相撲解説務めし千代の富士疲労の色濃き顔が見納め
若き頃「ウルフ」と呼ばれし千代の富士聖市興行に見た彼の雄姿

「評」国技である大相撲をこよなく愛する歌詠み。みそひと文字のなかに、『信念』『冷静』『品良き姿』などのややもすると硬化しがちな熟語も組みこむベテラン作家。『ウルフ』と呼ばれた千代の富士ややこしい場所の臓器、亡き娘さんに思いがおよぶのである。それにしても、あの精悍さは忘れ難い。

サンパウロ   相部 聖花

母兄弟捨てて渡伯の我なれど古き手紙に新た涙す
残しても娘や孫読まぬ愛蔵書故郷の弟宛発送す
日本とブラジルの旗を振り入場大和(だいわ)の国の選手団なり
運動に平素感心持たぬ我もブラジル選手に声援送る
花咲けば二か月はもつ蘭なれば蕾の伸ぶるそのゆるやかさ

「評」『だいわ』の国と称える心情が作品全体をなして、痛いほど伝わる。捨てるつもりではなかった小生も家督を継ぐはずの長男だった。すでに五十数年この国の人となった。石井とラファエラの抱擁に慶びの涙を贈った。

バウルー   酒井祥造

旅に出ることも忘れて植林に働らく日々にすぎし年月
回想に旅なつかしむ年すぎてすでに五年か悔ゆるにあらねど
木の伸びに意識する日々旅よりは樹林地歩む静けさこそ良く
旅よりは読書こそ良く家に居て老いの自覚も悔ゆることなく
何よりも床に休むを良しとして仕事疲れのまどろみに入る

「評」悔いのない想いは親として「子孝行」でもあるのだ。充分に旅を楽しんだ、「読書三昧」「仕事疲れのまどろみ」、習うべき手本としたい。五首目人生の醍醐味であろう。酒井短歌ずばりと言いたい。

モンテ・カルメロ   興梠 太平

お互いに遠い所に生をうけ不思議な運の金婚の日
よくもまあここまで来たと感謝する金婚までの永い年月
初初し孫の恋人見るたびに防空壕のわが青春よ
過去帳の一人一人の名を呼べば思いはつのる仲間の絆
海渡り六十年の我が隊史三分の一の同志は逝けり

「評」ブラジル開発青年隊最先発の青年。すでに六十年。かく生きて静かに孫の恋人を見る作者。そしてその子、孫等にかこまれて金婚の慶びを受ける、縁をかみしめる思いが伝はる。小生、五十年の頃はそれどころでなくこの頃、六十年目(ジアマンニー)を祝ってもらった。互いにお目出度う。

グワルーリョス   長井エミ子

犬公も拾われて来て十と八我移り来し国に古りたり
月光(つきかげ)の凍れるような夜半もあるふる里なりし異国(とつくに)の冬
目つむりてうすき瞼の奥深く冬の光に充たされていつ
強がりの塊のよな我が夫も息子を頼る年となりぬる
何も無き山家なれども今日ひと日ミカンの花の香に包まるる

「評」今回少々乱れが感じられたので「て、に、を、は」の整理をしてみた。三、四首あたりが本領か。

サンジョゼドスカンポス   梶田きよ

我が娘孫を祝うは初めてのことにて何かぎこちなきさま
初孫は元気な男の子双生児病院内で乾杯せしと
一週間たちてようやく対面となりたる曽孫じっとながむる
年とれば不自由となることばかりこれも人生最期の務め
することがなければ足のマッサージ今日の晴天眺めてはげむ

「評」子を産み育てる女性が、つくづく思はせる。そしてそこには決して弱音を吐かない、ふりしぼる様な力を感じさせる。

サンパウロ   上妻 泰子

森とビルのあわいをツバメ反りかえり春連れ来しとすれちがい飛ぶ
この國に五十六年住み古りて帰化決断す八十路を越せば
視野せまくなりたる我に身よぞとやマナカの花はときかけて咲く
夜にお早う朝こんばんはにも聞きなれてテレビの前で真似て体操
生きて来し三つの国と想い出は八十路を越していつか美し

「評」戦中の朝鮮、戦後の日本を経てこの国に移り住んで五十六年、過去の全ては美化されたと言っている。これからこそが美しくありたい。

千葉県   柞木田 やす

むつの里の八十路の姑(はは)のしたためし野菜の中に草もまじれる
ふる里を北と南に持つ我はこの産土(うぶすな)の幸をいただく
北の地と南の島の血を承(う)けて生まれし吾子らをハーフと呼ばむ
大隅の灘の血むつの血受けし子ら遠き血をつぐ顔見くらぶる
「初給料北と南のババちゃんへ」手紙もそへて娘はしたためぬ

「評」託急便で睦の国、下北から野菜が届いた。土と草も混じった新鮮なもの、都会に在って、血のつながりをしみじみ思いめぐらす、いじらしいほどの家族詠。

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