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平成29年=新年に皇室の弥栄祈る=天皇陛下の生前退位はいかに=三笠宮様は100歳で薨去=本格的に公務に励まれた眞子様

皇室御一家(御所にて)【写真提供:宮内庁】

皇室御一家(御所にて)【写真提供:宮内庁】

 熊本地震の被災地訪問からテメル大統領との会見まで、昨年も元気なお姿で公務に励まれた天皇陛下だが、8月8日、「象徴としてのお勤めについて」のお言葉のなかで、『生前退位』の意向が滲むお気持ちを国民に向けて表明された。

 現行憲法下において初めて即位された陛下。「国民統合の象徴」として位置づけられた天皇としての望ましい在り方を日々模索し、いかなるときも国民に寄り添われてきた。先月23日、83歳を迎えられ、高齢による身体の衰えを感じるなかにあって、全身全霊をもって象徴の務めを果たしてこられた陛下ゆえの、考え抜かれた末のお言葉だった。

宮殿南庭にて【写真提供:宮内庁】

宮殿南庭にて【写真提供:宮内庁】

 現行憲法下では、天皇の職務は「国事行為」に限定される。だが、象徴としての立場に基づく「公的行為」は明確に定義されておらず、昭和天皇の時代と比べて6~7倍近く上まわる公務を負担されてきた。
 例えば、去年1年間の都内や地方へのお出かけは75回、各界の功労者との拝謁など宮殿やお住まいで人と会われる公務だけでも270回余りを数える。そして国民に見られる事のない、宮殿内での多数の神事もこなされている。休まることのない多忙な80代の日々を、国民のために過ごされている。
 そんな天皇陛下のご意向を受けとめ、10月17日、政府は、「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」を設置。安倍内閣総理大臣は、「国家の基本に関る極めて重要な事柄だ」として慎重な審議を要請し、年内に行われた5回の会合をもとに、年明け早々にも論点を整理し公表される予定だ。
 だが、現行の皇室典範には退位の規定はない。摂政制度こそあるが、「精神・身体の重患か重大な事故により、国事行為をみずからすることができないとき」と限定されている。生前退位を認めるには、退位に伴い発生する譲位後の処遇、皇太子の位置づけ、皇室経済法の見直しなどを含む、複数の条項改正が必要となる。
 また、「公務の整理縮小と国事行為の臨時代行による負担軽減が可能なのか」「特例法による一代限りの生前退位を認めるには、天皇の政治行為と容認されないような裏づけも必要となる」との意見もある。
 125代のうちで譲位は64件の前例がある。だが、歴史上、退位した天皇が上皇や法王として政治に影響を与え弊害が生じた例や、天皇の意思に基づかない退位の強制が生じたことから、明治の旧典範から「終身制」が定められた。
 現在跡継ぎが少ないだけに、皇室の安定性を揺るがす可能性もあり、有識者会議でも議論が二分している状態だ。
 平成30(2018)年を目標に特例法制定が見込まれるとの報道もある。陛下がお言葉で触れられた「高齢化を迎えるなかでの皇室の在り方」について、どのような議論がなされるか、今後の動きが注目される。
 皇室の高齢化について言えば、皇室で初めて祈寿を迎えられた、三笠宮崇仁親王殿下が10月14日に薨去された。大正天皇の第4皇男子であり、天皇陛下の叔父にあたる。

三笠宮様ブラジル訪問(1958年6月18日、移民50周年で来伯された初皇室、三笠宮ご夫妻をお迎えする重松さん(右、重松家提供)

三笠宮様ブラジル訪問(1958年6月18日、移民50周年で来伯された初皇室、三笠宮ご夫妻をお迎えする重松さん(右、重松家提供)

 1958年、ブラジル日本移民50周年を祝うため、『皇室初来伯』を果たされ当地とも縁が深い皇族だ。それゆえ在聖総領事館で行われた弔問記帳では多くの日系人が、遺徳を偲び記帳に列をなした。
 当時、第2次大戦時の反日機運からはようやく脱するも、日系社会のなかでは勝ち組負け組抗争が尾を引くなかにあって、三笠宮同妃両殿下の式典ご出席は、双方の和解機運を日系社会にもたらした。
 両殿下はモジ・ダス・クルーゼス、ロンドリーナ、マリリア、プレジデンテ・プルデンテ、サントスなどの移住地を訪問されて、日系人を励ました。80歳前後以上の日系人の心には、そのお姿が今もしっかりと刻み込まれている。
 一方で、本格的に公務に取り組まれる眞子様の存在は心強い限りだ。4月に東京大学総合研究博物館の特任研究員にお就きになり、9月に国際基督教大学大学院アーツ・サイエンス研究博士後期課程に入学され、10月23日に25歳を迎えられた。
 9月には、2度目となる単独の海外公式訪問で『パラグアイ日本人移住80周年』の式典に出席された。6日から16日の間に、式典や記念行事のほか、初期移民の移住地であるラ・コルメナを初めとして5つもの移住地を訪ねられた。
 帰国後に宮内庁を通じ、「日本人移住者とその子孫の皆様が、パラグアイの発展に貢献され、パラグアイの人々から厚い信頼を得て、日本・パラグアイ両国の友好の掛け橋となってこられたことに、心より敬意を表します」との文書を出された。
 皇后陛下も10月23日の眞子様の御誕生日を前に文書回答で、「真面目に、謙虚に、一つ一つの仕事に当たっており、愛おしく思います」とご立派に公務を果たされる様子を喜んでいらっしゃるようだ。
 また、天皇陛下のお気持ち表明後に、一躍注目が集まった陛下の孫世代で、ただ一人の男性皇族である皇位継承順位3位の悠仁様は、9月に10歳を迎えられ、健やかに成長されている。
 戦後70年にあたる昨夏は、沖縄戦の巻き添えになった子らを慰霊する集いに参加、戦争に関する展示も観覧され、皇族としての自覚を育まれているようだ。
 日本国民だけでなく、遥か遠くに暮らす日系人をも温かく思ってくださる皇室のお気持ちは、当地日系社会にとっては有難いかぎり。
 国家の根幹を成す皇室典範改正の動きに注目しつつ、天皇皇后両陛下のご健康と成年皇族となられた眞子様のご活躍に期待し、新年に皇室の弥栄を祈りたい。

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