そうこうする内、上司のUさんや、あと二、三名が碁を打つことも分かった。私も初心者ではあったが、Oさんと丁度良い相手となり、楽しい。上司は友行と打ち、たまに私が声援をUさんへ送ったりした。この大広間は遊び場になった。
ある時など、S君に日本からの手紙が届くと、みんながいたずらして「隠せ」と言う。私は洗濯場へ隠したが、恋しい奥さんからのものだ。S君は見つけて室に入って行った。出て来ない。私が夕食のため呼びに行こうとすると、U上司が「おいといてやれ……」
と、しみじみした声で止めた。結局、S君はこの夜は、室から出て来なかった……
この大家族の任期が終り、急に三名日本へ引き上げた。他の商社の人も二名帰って行った。後任が来ると思っていたところ、誰も来ない。これには思惑がはずれた。
とうとう四軒のアパートの家賃は出なくなった。手持ちの金は、どんどん音を立てて出て行く。父母を住まわせているアパートも売り払った。
ある晩、友行が私に手をついた……
「尚子……すまんもう一度……水商売をやってくれ……」
金はもうそれほど無い。しかし水商売には戻りたくない……どちらにしても、この下宿は畳むしかない。残った下宿人の数人に、わけを言って出てもらうことになった。
この時、上司のUさんは、その残りの人たちの中に入っていたのだが、社員の会計氏を叱ったそうである。
「どうしてあの下宿を潰したか!」と。
共 同 経 営
乗り気はしなかったが、ブリガデイロ通りに「ふるさと」という呑み屋がある。共同経営者の片方の女将が、この店の権利を売りに出していると聞いた。話では店が流行っていなくて傾いているとのこと。女将同士の仲もすごく悪いという。私は、この店の権利を半分買って入った。間口はあの「円苔」より広いのに、がらんとして、入口から入ると右手の壁に、ありふれた棚が並んでいる。これに酒類やグラスが置いてあり、殺風景なものである。ここに並んでいる酒を売るだけなのか……これから一緒にやって行く女は、K子と言った。
スタイルの良い丸顔で、長い髪を背中に垂らしている。今までは、やはりこの店は、酒だけを売っていたのであった。つまみも軽食も出さないのなら、呑み屋でなくて、バーの方かと言うと、そうでもない。第一、K子では、いまいちダサイ感じで、店そのものがムードも何もない。
私は裏方に回った。つまり酒のつまみや軽食を作るのだ。裏方といっても、二人ともカウンターの中である。食べ物の下拵えは自宅でしてきた。二ヶ月もすると、かなり繁盛しだして、羽振りのいい客も入って来始めるようになった。
悪 役
やれやれと落ち着いた頃である。
日本から友行へ手紙が届いている。彼はそれを私に差し出した。読んでみると、あの別れたはずの奥さんからである。今すぐにでも遭いたいようなことが、綿々と書かれている…… 読み終わった私は、「日本へ帰りなさい」と言うと、
「遅かった……」
血を吐くような声を出した。この人は、奥さんをまだ、愛している……
「遅かった……」と洩らした彼の声に衝撃を受けた。私の腹は決まった―心が日本にある抜け殻と暮らすなんて、一緒にいる意味がない。