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《ブラジル》10年後に届く、大事な人へのメッセージ

じっくりと考えながら手紙を書く女性(イメージ写真)

じっくりと考えながら手紙を書く女性(イメージ写真)

 22日に無事に終わった県連故郷巡りの途中、参加者の多田邦治さん(71、徳島県)から、ちょっとワクワクする話を聞いた。アルジャー文化協会は入植70周年を10年前に祝い、その記念にタイムカプセルを埋めたという。多田さんが言い出しっぺで、「10年後に届く、大切な人へのメッセージ」のような題で手紙を募集し、50通ほども集まった▼皆が普段使う文協の運動場の一角に埋めていた。「3年ごとに開けて無事を確かめよう」と心配する声もあったが、じっと我慢して開けなかった。多田さん曰く、「NHKドラマ『ハルとナツ』を見てヒントをもらった。70年先に手紙を受け取るのでは遅すぎるから、10年後にした」とのこと▼昨年末に80周年祭を祝った折り、「みんな目を輝かせて、早く開けよう!」と急かされた。約束通り開けてみると、なんと土中の湿気で紙が全部くっついてしまい、判読不可能になっており、一同ガッカリしたとか▼興味深いのは、それで「どうして途中で開けて確かめなかったか」と諫めるのではく、「面白い企画だから、90周年に向けてもう一回やろう」となったことだ。今回はなんと、前回を上回る80通余りが集まり、新年会の折りにやはり運動場に埋めた。今回は湿気が入らないように、手紙を一枚一枚ビニール袋に念入りに密封し、それをガラスケースに保存した▼手紙の書き手が今80代以上であれば、10年後を思えば、もしかしたら一種の遺言になるかもしれない。「私が死んだあと、子や孫に読んでほしい」――そんな想いが込められたものも、あるに違いない▼多田さんによれば、「日本語学校の生徒もお母さんや友達宛に、日本語の手紙をたくさん書いてくれました」という。これは「未来への約束」になっているのかも。10歳の子供が「将来、医者になる」「弁護士になる」と決意表明を手紙にしたためれば、大学の医学部や法学部を志すことを意識するキッカケになる。それを書いたことで、子供本人が意識をし始め、普通ならユラユラする将来の自己イメージが、手紙のおかげで定まるという心理的な効果がありそうだ▼多田さんは、「最近、新聞に移民110周年の記事が出始めたでしょ。それを記念したタイムカプセルを来年やったらいいですよ」と提案する。その通りだ。全伯から120周年を記念した「10年後の私はこうなっている」という若者の決意表明や、高齢者による「10年後だから打ち明ける子や孫へのメッセージ」を募集したらどうか。もし邦字紙が10年後まで続いていたら、ぜひ一般公開が可能な手紙を掲載したいものだ▼もしかしたら、特別に「150周年版」のタイムカプセルを作ってもいいかも。40年後に自分はこうなっていたいというイメージ。40年後に日系社会はどうなっているとか、150周年式典はこんな風になっているとか、ブラジル社会はこんなに進歩を遂げているという予測なども面白い▼「10年も経つと書いた人が亡くなる場合もあるでは?」と多田さんに尋ねると、70周年の折りにメッセージ集めを担当した当人が、実際に亡くなってしまったという。当人ゆえに率先して妻と息子宛にメッセージを残していた▼妻が必死に探すと、夫の手紙がどれかは分かった。だが、文字は読めなくなっていたので、とても残念がった。そこで、妻はその手紙を乾かして粉々にし「お守り」にしていると聞いた、と多田さんは教えてくれた▼ある意味、読めなくなった手紙ゆえ、残された者は読みたい内容を、そこに盛り込むことができるのかも。その話を聞いて、そんな風に家族に大事にされるような手紙を書きたいものだとしみじみ思った。とはいえ将来、子孫や遺族から大事に思われるようになるには、きっと今の生きざまが重要なのだろう。(深)

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