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『百年の水流』開発前線編 第三部=リベイラ流域を旅する=外山 脩=(8)

 紅茶、誰が産業に
 育て上げたか(Ⅱ)

 レジストロの紅茶の産業化には、なお多くの歴史があった。
 それは、前出のシャー・ツピー組合の発足から話を進めると、整理しやすい。
 発足は1937年であるが、その時、茶の木の栽培者・製茶業者がレジストロのほか、北隣りのセッテ・バーラスからも、かなり加入している。そちらにも広まっていたのだ。
 この組合は海興を通じ、日本政府から補助金を貰い、組合員が生産する茶‥‥荒茶といったそうだが、それを精製する工場をつくった。
 さらに八木彦一という紅茶の専門家を、日本から招いて一年間、栽培・製茶に関する指導を受けた。これで品質が向上した。
 例えば、滝井喜三松という栽培者が作り出した茶の木の苗「セッテ・バーラス一号」は、非常な良種であったという。
 1939年、第二次世界大戦が始まると、セイロン・ジャワ産の輸出は──輸送の困難さから──減少した。ために国際的に品不足となり、レジストロ産でも、アルゼンチンが買ってくれる様になった。
 この特需で業界は潤い、茶園は広がり、製茶の作業場は小工場並の規模と内容に充実した。ただ製茶業者がテンデンバラバラに販売したため、市場で混乱が生じた。
 シャー・ツピーの──組合員に対する──統制力が不足していたのである。
 1942年、ブラジルが日本との国交を断絶、海興(ブラジル支店=前サンパウロ支店)は敵性資産凍結令によって、州政府に接収されてしまった。シャー・ツピーもそうなるのではないか‥‥という危惧が組合員間に広まり、動揺が生じた。
 この混乱と動揺の渦中に、コチア産組が登場してくる。コチアは、サンパウロに本部を置いていたが、当時レジストロで、バナナ生産者を組合員として活動していた。
 その縁で製茶業者も加入するようになった。そこでコチアは精製工場をつくり、組合員が出荷する荒茶の品質を高め、《シャー・コペルコチア》の商標で売り出した。
 統制力も発揮した。敵性資産凍結令については、国交断絶時、すでに組合として防衛策を講じていた。
 1945年、大戦が終了すると、特需による輸出は終わり、景気は長い低迷期に入った。
 が、1950年代後半から、漸くそれを脱した。二大製茶業者、コチアと山本スタンダードが北米、欧州、中南米に市場を開拓したことによる。
 「山本スタンダード」とは通称で、正式社名は別にあったが、1958年、米国の食品業者スタンダード・ブランドが、レジストロに進出、地元の山本周作と合弁で設立した製茶工場である。
 茶の木の栽培者から直接、葉‥‥これは青芽とか生葉とか言ったそうだが‥‥それを買って紅茶を製造、輸出するという一貫生産体制をとった。
 コチアも1964年、同じ体制を整えた。これは組合員の荒茶工場が無用になるという犠牲も伴ったが、敢えて踏み切ったという。
 ほかにも有力な製茶業者が、それに続き、荒茶工場の閉鎖が進んだ。最多期50を越していたそれは、やがてゼロになる。
 そういう変遷の中で、レジストロの紅茶業界に於いては、戦中はコチア、戦後はコチアと山本スタンダードが大きな比重を占めた。シャー・ツピーは解散した。
 岡本家は不運だった。まず戦時中の1944年、敵性資産凍結令を適用され、工場は荒廃した。
 戦後、凍結解除を受け、大量の紅茶をつくり、アルゼンチンに出荷したが、同国の通貨政策の急変で大損害を被った。ために生じた銀行債務を清算するまでに、4年かかったというから、相当の深傷であったろう。
 それに懲りてか、以後、販売は国内向けに重点を移したという。
 一方で──製茶は規模の拡大に伴い──さらなる機械化に迫られ、コチア、山本スタンダードは新工場を建設したり、最新鋭機械を導入したりした。
 茶の木の管理も同じ理由で、機械化が急がれた。しかし国産品はなく、輸入の必要があった。が、政府の輸入制限政策が障害となった。
 そこで非常手段で剪定や収穫のための機械を、アルゼンチンから持ち込んだ栽培業者がいた。これは毎日の様に人が見に来た。
 前出の山本周作が貸してくれというので貸すと、いつまで経っても返さない。取りに行くと、山本は不在で従業員が渡さない。怒鳴りつけて持ち帰ったという。
 山本もまた機械化のため、無我夢中になっていたのである。
 かく歴史を見直すと判るのだが、レジストロの紅茶の産業化は「俺がやった」と自負する者は、既述の人々を含めて少なからず居たであろう。
 彼らの働き、さらに日本側の支援、革命や戦争が生んだ特需、組合・企業の進出、その他の総合的成果と結論づけるのが適当だろう。産業というほどの規模になれば、そうしたものであろう。

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