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「最高の日伯文化交流に」=伯日本民謡協会50周年式典=益々の発展と次世代への継承を=100歳右田さん敬寿章授章

挨拶をする塩野式典大会委員長

挨拶をする塩野式典大会委員長

 ブラジル日本民謡協会(塩野彰会長)の創立50周年記念式典が、16日午前11時からブラジル日本文化福祉協会大講堂で開催された。同協会は1968年に民謡指導者らによって発足し、半世紀に渡って協会の発展、後継者の育成、大会の開催に努めてきた。日本民謡協会からの慶祝使節団(金子利夫団長)や日系団体代表者などが出席し、節目を祝した。

 式典には、日本民謡協会からの慶祝団14人、山田康夫県連会長、与儀昭雄援協会長、松尾治文協副会長、菊地義治移民110周年実行委員長、羽藤ジョージ聖州議代理の小園江オリンピオ氏らが出席。佐藤元宏式典実行委員長の開会の辞に始まり、先没者への黙祷、日伯両国歌の斉唱と続いた。
 塩野式典大会委員長は「50周年を迎えたことを嬉しく思う」と喜びの言葉を寄せ、「先人たちは民謡の普及、協会の継続に努力した」と敬意を示した。また「次世代への継承が大きな課題」とし、「民謡界が益々盛んになると同時に世代交代することを目指す」と展望した。
 金子団長は50周年を祝し、「今後も民謡を末永く歌い継いでいただけたら嬉しい」と話した。また、プレジデンテ・プルデンテ市とブラジリアでの訪問公演に触れ、「温かい声援を受けて感激した」と述べた。松尾文協副会長、菊地移民110周年実行委員長も祝辞を述べ、岸田文雄外務大臣、中前隆博元聖市総領事の祝辞が代読された。
 日本民謡協会から栄誉ある敬寿章が7人に、協会章が12人に贈られた。敬寿章授章者を代表して100歳の右田守幸さんが謝辞を述べ、「立派な章を頂き大変光栄。日本から来た皆様に感謝します」と話し、慶祝団に深々と礼をした。
 ブラジル日本民謡協会を日本民謡協会が互いに表彰と記念品の贈呈を行なった。ブラジル日本民謡協会から慶祝団員14人に感謝状が贈られ、日本民謡協会からは司会を務める藤瀬圭子さんに感謝状が贈られた。藤瀬さんは第一回日本民謡全伯大会から50年間司会を務めており、その功績が称えられた。

羽藤州議からの感謝状を受け取る佐々木民謡名人位

羽藤州議からの感謝状を受け取る佐々木民謡名人位

 今回が16回目の来伯となった慶祝団の佐々木基晴民謡名人位には、羽藤ジョージ州議員から、当地の民謡普及、向上に大きく貢献したとして感謝状が贈られた。
 海藤司式典副実行委員長の閉会の辞で、つつがなく記念式典は終了した。
 慶祝団員は以下の15人。佐々木基晴民謡名人位、金子利夫団長、菊地淡茂副団長、小田かつよさん、佃光堂さん、清野明子さん、福島竹峰さん、野田基詠さん、藪下基藤さん、石井基開さん、伊澤基多喜さん、安田基誓さん、佐々木淙山さん、山本代富さん、石井たか子さん。式典には清野さん以外の14人が出席した。

 

記念公演、盛況の内に閉幕=日伯出演者は総勢400人

 ブラジル日本民謡協会(塩野彰会長)は創立50周年記念式典にあわせて「慶祝日本民謡親善公式訪問団ブラジル公演」を開催した。慶祝使節団14人に加えて当地団体など約400人が出演し、日本各地の民謡民舞で来場者を楽しませた。
 総勢80人による「寄せ太鼓パレード」で華々しく始まり、第一部と三部では当地の団体が出演し、50周年の節目に華を添えた。
 「レキオス芸能同好会エイサー太鼓」によるエイサー節では、桜色の着物をまとった若い踊り手が琉球舞踊を披露。太鼓奏者は大きな掛け声をあげながら、肩からかけた琉球太鼓を打ち鳴らした。
 パラナ州クリチーバ市から来た双子、長谷川チアゴ幸雄君とハファエル政治君は、それぞれ「東京音頭」と「ソーラン節」を唄った。司会の藤瀬圭子さんに紹介され始めははにかんでいたものの、曲が始まると笑顔を振りまきながら、伸びやかな声で唄った。
 第二部と四部では、日本からの慶祝使節団による民謡、歌謡曲が上演された。まず、佐々木基晴名人位が「民謡は心のふれあい。ブラジルで公演できることがとても嬉しい」と話し、50周年記念を祝した。
 7年ぶりの来伯となる佐々木氏は「秋田大黒舞」で91歳とは思わせない唄声を聞かせた。会場からは長年のファンが声援をあげ、佐々木氏は舞台の上で終始笑顔だった。
 ジャケット姿で登場した石井基開さんは歌謡「イヨマンテの夜」を熱唱。マイクを必要としないのではと思われる声量で、聞く人を圧倒した。
 「九州炭鉱節」では小田さん、佃さん、野田さん、福島さんが唄い、観客に一緒に踊るように呼びかけた。立ち上がって踊る人、座ったまま振り付けを真似る人など、各々賑やかな雰囲気を楽しんだ。
 福島竹峰さんは、熊本の民謡「五木の子守唄」は口減らしのために子守奉公に出された悲哀を唄ったものと説明。情感が込められた唄声に、来場者はしんみりと聴き入った。
 フィナーレは慶祝団全員とブラジル健康体操協会の40人が「花笠音頭」を演じた。同協会のメンバーが通路で音頭を踊り、会場全体が一体となった。公演は盛況の内に閉幕した。
 グループ民の代表久保田紀世さんは10年ほど前に慶祝団の佐々木名人位から3カ月間、日本で指導を受けた。「先生の唄は上手なだけでなく、心に届く。改めて勉強になった」と話した。
 来場した民謡愛好家の70代男性は「慶祝団は唄も演奏も実に素晴らしかった」とし、「自分も大会に出るが、まるでレベルが違う」と手放しに称賛した。

 

「全て皆さんのおかげ」=塩野会長が平身低頭で感謝

 後日来社した塩野会長は協力団体への感謝を繰り返しのべ、「皆さんはわずか1カ月の準備期間で最高の演技を見せてくれた。このような最高のステージが実現できたのは、ひとえに皆さまのおかげ」と振り返った。

慶祝団の皆さん

慶祝団の皆さん

 花柳流金竜会、藤間流日本舞踊学校、花柳流竜千多会、京藤間流舞踊、池芝流日本舞踊、上田演劇舞踊団、鳥取県人会しゃんしゃん傘踊り会、レジストロ大和会、レキオス芸能同好会エイサー太鼓、赤堀雄三三味線教室、タウバテ少年少女部、クリチーバ保存少年少女部、サンミゲル民謡愛好会、グループ民、日本民謡ブラジル大会の歴代優勝者、ブラジル健康体操協会、司会を務めた藤瀬圭子さんなどを列挙した。
 これら出演者は慶祝団を含めてなんと約400人。中には、聖州プレジデンテ・プルデンテ市、バストス市、パナマ州などの遠方からも来たひとも。本公演に華を添えたこれら民舞団体に、「各団体の先生方は日程が厳しい中、出演を快諾してくれた。そして祭典実行委員会のメンバーの皆さん。みんなのおかげで最高の日伯文化交流になった」と頭を下げた。

 

「ブラジルは第二の故郷」=佐々木名人位の貢献振り返る

取材に応える佐々木氏

取材に応える佐々木氏

 日本民謡協会理事長代理の佐々木基晴名人位(91)=北海道函館市在住=は、今回が16回目の来伯となった。当地での民謡の普及と指導に尽力し、「日本民謡ブラジル大会」「江差追分ブラジル大会」の優勝者が日本の全国大会に出場するきっかけを作った大功労者だ。
 佐々木氏の初来伯はなんと41年前の1976年、日本の歌手を招いて開催したチャリティーショーだった。公演は2、3回と続けられ、成功を収めた。77年にブラジル国文化勲章、78年に聖州サンフランシスコ大学章も授章した。
 佐々木氏は初めてブラジルに来たときのことを「道にゴミは落ちているしホームレスは多いし、あまりいい印象ではなかった」と振り返る。ただ「ブラジルの人は皆が笑顔で挨拶する。心が温かい。来伯を繰り返すうちに好きになっていった」と言う。
 83年には移民75周年を記念して、佐々木氏を団長に日本から使節団が来伯し、公演が行なわれた。また聖州より最高文化勲章グランクルス章を授章している。日本民謡協会の使節団による公演はその後、86年、92年、97年、00年、02年、10年の計7回にわたって実施された。88年には、日本移民80周年式典が行われたパカエンブー競技場でも民謡を大々的に披露した。
 実は今年1月に転倒して腰を打ったため、一時は来伯公演が危ぶまれた。だが、3カ月かけて回復し、最終的には、むしろ万全の状態で臨んだ。
 そんな気合の張った名人位がスッとした立ち姿でステージに上がると、観客席のファンからは「待っていました!」との大歓声が上がった。「秋田大黒舞」など3曲を披露。他にも合唱や囃子にも参加し、長丁場を唄い上げた。
 公演後、「皆さんの顔が見られ幸せ。50周年は自分のことのように嬉しい」と声を弾ませ、「ブラジルは私にとっての第二の故郷。来る度に元気をもらえる」と話した。「来年、移民110周年にもう一度来たい」と笑顔を浮かべた。

支部名

サンパウロ民謡保存会    山崎也寸志
モジダスクルゼス民謡保存会 磯田淑代
サンパウロ民謡好友会    佐藤元宏
ジャカレイ民謡愛好会    田中武美
アルジャ民謡愛好会     小室アレシャンドレ
南パラナ日本民謡保存会 大嶋裕一
イタクア民謡会       沖野清人
サンミゲール民謡会     森重キク
タウバテ民謡会       海藤 司
マリンガ民謡保存会     宜野座エミリア
バストス民謡会       中西智子
楽謡会           小松久仁子
マリンガ民謡保存会     宜野座エミリア
プ・プルデンテACEVI民謡会 上地アウロ
 プ・プルデンテACEAN民謡会 佐野アルベルト
レジストロ民謡大和会    山口 勉

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