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倫理経営のすすめ=小さなことから会社は変わる=「倫理」を知ることが成功への第一歩=日本に起こった「まじめの崩壊」=正直者は本当にバカをみるのか

丸山敏秋一般社団法人倫理研究所理事長

丸山敏秋一般社団法人倫理研究所理事長

 戦後民主主義なるものは「らしさ」の喪失ももたらした。
 自然界は「陰陽のバランス」で保たれている。そして自然界に無駄はない。性に雄雌男女があるのは、それなりの必要性があり、意味があるからだ。性を異にする男女が、それぞれに「らしさ」を発揮して、物事を営むように造られている。
 「男らしさ」や「女らしさ」が発揮されなければ、世の中は狂ってしまう。健全な生殖活動も不能になり、人類は滅亡への道をたどるしかない。性の神秘と秩序に対して、現代人はあまりにも無関心になってしまったようだ。
 男も女も急速に「らしさ」を失いつつある背景には、ジェンダーフリーを標榜する歪んだフェミニズムの動きがある。フェミニストたちは盛んに主張する。「区別は差別だ、どんな場面でも男女を同質に扱え!」「家事も育児も介護も、女性の手から開放して、社会が面倒を見よ!」と。
 生きる上で男女が平等なのは当然である。しかし生きていく上での役割までも男女が同じでよいのか。自然に無駄はなかったはずだが。
 民主主義のルールに即して活動しているように見えるフェミニストたちだが、実のところは働く女性のイデオロギーの利害代表になっている。彼(彼女)たちは、家事に尽くす喜びを味わいたい女性たちを、逆差別しているという事実も忘れてはなるまい。
 家庭の中でも「父親らしさ」「母親らしさ」「夫らしさ」「妻らしさ」「子供らしさ」といった「らしさ」が消えつつある。当然、家庭内のバランスが崩れていく。バランスを欠いた家庭が居心地のよいはずがない。家庭が安らぎの場でなくなってしまったら、その家庭に育つ子供たちにマイナスの影響が及ぶのは必至である。家庭教育どころの騒ぎではない。そして後にお伝えするように、家庭のありようは事業経営にも大きな影響をもたらす。
 とにもかくにも敗戦の悲痛の中で戦勝国から「再教育」を受けることにより、戦後の日本人は「以前は間違っていた。もう古いものには価値がない。捨て去ってしまえ」といった意識を強く抱くようになった。
 ただし日本人はもっと以前にも、似たような意識を持ったことがある。明治維新の後のことだ。そのときには「和魂洋才」の精神を発揮して、国民の新しい生活規範を作り上げ、時代の波を乗り切ることができたのだが、戦後は規範が崩壊していく一方である。
 個人の自由や価値観を超えたところにある生活規範が失われたら、共同体は成り立たない。アノミーと呼ばれる無規範状態が慢性化すると、共同体の中での連帯感は薄れ、人々はバラバラになっていく。それは本当に怖ろしいことなのだ。
 たとえば日本で昔から社会規範として尊重されてきたのが「正直」である。商売の世界ではもちろん、庶民に及ぶまで、正直の大切さが教えられた。誰もが「正直の頭(こうべ)に神やどる」という諺を知っていた。
 後に詳しく述べるように、正直を重んじる日本人の精神性の根底には、神道でいう「清き明き心」、すなわち「まこと(誠)」とか「まごころ(真心)」を尊ぶ心の姿勢があった。「正直に生きればかならずいいことがある」という教訓を、われわれの先祖たちは長い生活体験を通してわかっていたのである。
 ところが「古いものは捨ててしまえ」との見方や、効率主義の超スピード化、物を扱うように人も扱ってしまう操作的態度が蔓延して、「正直に生きても得にならない」「人を出し抜いてでも早くやった方が勝ちだ」「適当にごまかした方が利益になる」「正直ものはバカを見る」というような考え方や生き方が当たり前のようになってしまった。
 しかし正直者はほんとうにバカを見るのだろうか。現代人は歪んだ偏光グラスをはずして、しかと真実を見つめ直さなければならない。
 かつては世界の七つの海を支配していた大英帝国も、次第に力を失っていった。2度の大戦後には見る影もなく落ちぶれていったイギリスには、今日の日本と同じような「まじめの崩壊」現象が起こったらしい。社会規範が見失われ、是非善悪の判断基準があいまいになり、国民がバラバラになってきた。かつてのローマ帝国もそうであったように、国は内部から崩れていく。
 イギリスの場合は「鉄の女」と呼ばれたサッチャー元首相の登場で崩壊の危機を切り抜けられたが、日本では政治家の強いリーダーシップに期待はできそうにない。たとえ小なりといえども、一国一城の主である経営者たちの自覚と奮起がなければ、「まじめの崩壊」に歯止めを掛けられないだろう。
 そもそも、倫理とか道徳は、誰にも通じる普遍性を持つのだろうか。皆がそれを生きる拠り所とするだけの力が、倫理にはあるのだろうか。もちろん、それはある。他人やモノとの正しい関係を築き、より良く生きるための「生活法則」「純粋倫理」と呼ばれる新しい倫理だ。
 倫理法人の会サンパウロ支部が11月に正式に設立される。そんな純粋倫理から導き出された「倫理経営」を学ぶための集まりが半月に1度行われる。これは会員が倫理経営を学んで実践し、自分の会社の繁栄を継続させることで「良い社会作り」に貢献するものだ。
 倫理の会サンパウロ支部は毎月第1、3土曜日午前8時半に、『モーニングセミナー』をサンパウロ市のニッケイパレスホテル(Rua Galvao Bieno, 425)で行っている。気軽にご参加を。

 

<著者略歴>丸山敏秋
 1953年、東京に生まれる。東京教育大学文学部哲学科卒業。84年、筑波大学大学院哲学・思想研究科博士課程修了。文学博士。日本学術振興会奨励研究員、筑波大学非常勤講師等を歴任。現在、一般社団法人倫理研究所理事長。日本家庭教育学会副会長。著書に『つながる』(新世書房)『「いのち」とつながる喜び』(講談社)『最高の自分を生きる』(致知出版社)ほか多数。

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