全伯将棋名人戦=最後の70歳差対決!=全伯名人位、加藤くんに=毅然と時間切れ決着拒否

試合中の加藤くん

試合中の加藤くん

 ブラジル将棋連盟(吉田国夫会長)は15日、『創立70周年記念名人戦大会』をサンパウロ市の同連盟会館で行った。本選決勝は、6月に行われた全伯王将戦と同じく、14歳の加藤修仁くん(東京、当地五段)と84歳の青木幹旺さん(群馬、当地八段)による70歳差対決。試合中盤、青木さんの持ち時間が切れ、あえなく決着かと思われた。ところが加藤くんが継続の意志を表明したため、勝負は続行。百手を超える攻防の末、前回の雪辱を誓う加藤くんが、奇しくも70歳差で第七十代名人位を奪取した。

 

 予選リーグを抜け、本選トーナメント決勝に勝ち進んだ加藤くんと青木さん。加藤くんは2015年に駐在員子弟として家族で来伯した少年棋士。日本では東京将棋会館道場に通い、道場初段の免状を持つ。一方、青木さんはコロニア将棋界全盛の1962年に当地名人位を奪取してから、連盟主催の大会で史上最多48度の優勝経験を持つ歴戦の古強者だ。

 6月の全伯王将戦で初めて戦った二人。決勝戦では、10年前の開頭手術の後遺症に苦しみながらも、70歳の年齢差を制して勝利した青木さんに注目が集まった。今回再び相まみえた両者だが、共に今回が最後の大会になりそうだ。その理由は青木さんが体調不安から、加藤くんは近々帰国との話もあるとか。

 最終決戦に観衆の期待も高まるなか、試合は加藤くんの先手で始まった。盤面、前回と同じく相居飛車の矢倉戦模様。一進一退の攻防が続く中、机上の試合用時計だけが前回と違う。

 今大会では両者に15分ずつの持ち時間が与えられ、それが切れると一手30秒以内に指さなければ負け。時計は自分の番になると自動で動き出し、一手指し終わる度に上部のボタンを押して、進行を止める。

 「青木さん、ボタン、ボタン!」――周囲から慌てた声が飛ぶ。当地の将棋大会では、試合用時計を使わない事が多く、また青木さんは手術の後遺症で注意力が散漫になっていて時計の操作をつい忘れてしまう。声を掛けられる度、不承不承ボタンを押す。そんなやり取りが繰り返えされ、青木さんの持ち時間は考慮時間の数倍の速さで過ぎ去った。

 互角の形勢で迎えた中盤。青木さんの持ち時間を示す時計表示が「0」になり、敗北を告げるアラームが鳴った。ざわつく観衆。「こんな幕切れでいいのか」と残念そうな声が漏れる。

 それでも将棋盤から目を離さぬ二人。青木さんに動き。来る終盤の激戦に備えた守備を重視した一手。それに応じて加藤くんも一手。戦力を集中して攻勢を加速させる意図とともに、時間切れでの決着を拒否する意志が込められている。鳴り止まぬアラームのスイッチを加藤くんが黙って消すと、会場には駒音だけが残った。勝負を見守る一同もほっと一安心。

試合中の青木さん1

試合中の青木さん1

試合中の青木さん2

試合中の青木さん2

試合中の青木さん3

試合中の青木さん3

 局面、加藤くんの飛車に狙いを定めて執拗に包囲を仕掛ける青木さん。振り切れないと悟った加藤くんは、あえて飛車を囮にし敵戦力を誘導。間隙を縫って青木陣の防衛線を突破し、青木玉に肉薄、局面を一気に終盤戦へと変えてしまった。盤上に散りばめられた互いの布石が、決着へ向け次々と回収されていく。刹那、狙い澄ました加藤くんの一手が青木陣の後背を強襲。青木玉、一旦は逃れるも加藤君の追撃は止まず、投了。手に汗握る攻防の末、雪辱を誓う加藤くんが名人位を奪取した。

 「前回の負けがすごく悔しくて、次は絶対に勝ちたいと思っていた」。優勝旗と優勝杯を受け取り、ほっとした様子の加藤くん。時間切れでの決着を拒否したのは実力での勝利を求めたから。授賞式後、青木さんの側に駆け寄り、対戦の感謝を述べると、青木さんは杖を突きながら立ち上がり、握手で応えた。

試合後の青木さんと加藤くん(左から)

試合後の青木さんと加藤くん(左から)

 

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 ブラジル将棋連盟の『創立70周年記念名人戦大会』には、27人が参加した。開会挨拶に立った吉田会長は、70年代の最盛期には300人以上の参加者があった事を懐かしみつつ、関係者に御礼。愛棋家の山田彰駐ブラジル日本国特命全権大使からは祝辞も届き、「今後はブラジル人への将棋文化普及にもより力を注いでいく」と抱負を述べた。山田大使には激務をぬって、将棋普及にもぜひ一肌脱いでほしいところ。