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ブラジル宮城県人会会長を退任するに当って御礼=前会長 中沢宏一

中沢宏一前会長

中沢宏一前会長

 私は宮城県人会の活動をべースとして様々な社会的活動に参加して参りました。
 多くの方々に出会い ご指導いただきご交誼を賜わりました。県人会を引退するに当りこの間の主なでき事を振り返り、皆様に感謝の意を表したいと思います。
 宮城県人会との関係は1970年、父敬助が全国海外移住家族会の「移住者慰問団」で来伯した時に県人会(会長大橋鉄夫)に大変お世話になり、入会しました。
 私のサンパウロでの社会的活動は県人会がべースでありました。
 1979年には仙台七夕祭りが実施され、宮城県から山本知事、島野仙台市長らの大型ミッションがご来伯され、当時は既に全国に先駆け、高齢者への「「里帰り」「敬老金」事業が実施されておりましたから県人会は大盛況でした。
 1984年会長に就任し、サンパウロ市 リベルダーデの七夕祭に俳句 短歌 児童絵画コンクールなどとり入れ、七夕本来の日本文化の祭りと発展すると共にリベロンプレット市などでの普及に力を入れ、教育の教材として、祭、式典等日本文化の代表的な装飾として各地で使用されてゆきました。
 当時はビラマリアーナ区に会館がありましたが、七夕祭を実施するリベルダーデへの移転が役員の願望でしたので県に依頼し、1991年現会館の土地を購入できました。この頃、私のアチバイアの所有地に日本とのサッカー交流のための施設の建設が始まっておりましたので1992年に県人会退き、中沢スポ-ツ教育センター建設に没頭しました。お陰様で日本の3高校と提携し、一年間の単位を取れるサッカー留学制度で順調に進みました。
 1996年県人会から依頼され、再び会長に就任し、七夕祭の普及に力を注ぎました。
 2002年、ブラジル都道府県人会会長に就任、「郷土料理郷土芸能祭」がイビラプエーラ公園からサンパウロ州議会の駐車場に移った時でした。スポンサー不足から30万の予算で12万の赤字が出てしまい次回の開催が危まれました。しかし、役員の結束で継続が決まりました。
 ところで1953年に始まった戦後移住が50周年を迎えるので、何からの行事を行う必要と感じ、小山昭朗、菊地義治両氏に相談し、戦後移住者関係の団体で記念式典開催が決まりました。
 その時提案したのが「郷土食郷土芸能際祭」には多くの県人会と日系若いボランテイアが協力し合っている姿を是非日本の日伯関係者に見てもらいたいので式典をその会場での実施でした。
 日本から沢山出席して頂こうと早速委員会を作り日本へ招待状を送り、海外日系人大会に出席、各省庁、団体を訪れ、運動をしました。その甲斐があって4知事、2副知事創生団など300人以上が出席。ブラジル側はアルキミン州知事など出席され、ブラジル日系社会への理解とブラジルで育っている若い日系人がボランテアで県人会の方々と協力し合っている姿も見てもらいました。
 その年の2003年に「日本祭」と改称しました。日本祭は州議会駐車場の3年で州政府の全面的な支援と交流基金、JICA、JETROと加わりました。場所が狭くなり第8回、2005年には現在の開催地イミグランテに移りました。
 イミグランテ会場は州農務省の施設で特に家畜の品評会用として利用されていました。州議会の駐車場から同じ州の施設ですので州政府に温かく協力して頂き、州警、DAEEのチエテ川の改修工事が特別に参加してくれるなど全面的な支援がありました。
 県連での活動と同時に県人会会館移転の運動を続け、2005年にリベルダーデ区ファグンデス街に母県の1億円助成で新会館を建設することができました。
 県人会は農家と消費者を結び、健康生活に貢献しようと「青葉祭」を開催し、七夕は2012年にはマット・グロッソ州に協力し、クヤバー市で「日本祭 七夕祭」を開催し、2015年にはサンタカタリーナ州フロリアノポリス市で開催するなど、州都での「祭開催」を応援してきました。
 2014年のサッカ-W杯では日本人サポーターに会館を開放し、お世話しましたし、リオ・オリンピックではリオで「日本人ブラジル初上陸の石巻若宮丸」「1967年の榎本武揚」について講演会を開催するなど県人会としては枠を超えた活動をしてきました。
 2011年3月11日東日本大震災の折は詳しい情報が解らない会館にブラジルの報道人が集まり、1週間続けての応対をしました。今年は7周年になります。その年市役所の職員から街路樹として桜を植える企画が入りました。
 私の育てていた5年ものの桜木を県人会の通りに36本植えました。今ではブラジルニッポンお移住者協会が中心となり、リベルダーデ区に多くの桜が植えてあります。
 桜の植樹は戦後移住50周年の記念行事としてサンパウロ大学構内を中心として、チエテ川の日本島、など各地に植えられ、エコ公園にはブラジル原産の樹木の植樹をし、森林を形成しております。その地続きの今計画されている日本中心の「国際パーク」の成功を願っております。
 この30年間県人会をべースとして様々な活動に参加してきたことを心より感謝致しております。県人会 ブラジル県連そして日系社会の益々の繁栄を祈ります。
 さて3年前よりアチバイア私のところをサッカーサンパウロ州3部のアチバイアFCが拠点としておりまして、ここ数年で1部に昇格させようと市役所、市民と共に努力しておるところです。
 終りに今年はブラジル日本移民110周年の年、できる限り協力してゆきたいと思っております。重ねてありがとうございました。今後とも宜しくご交誼のほどお願い申し上げます。(2018年2月2日記)

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