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どこから来たの=大門千夏=(63)

 この気の遠くなるような仕事をしていた人が、一〇〇〇年前に生きていたと思うと私の心臓はどきどきする。今の私と同じように喜び、悲しみ、驚き、希望、絶望…色々な感情を持って生きていたのだ。標高三五〇〇m~四二〇〇mもある酸素の薄い高地に日干し煉瓦や竹材で住居を作り、ジャガイモやトウモロコシを主食にし、時にはチチャという酒を飲んで憂さを晴らし、石を磨いていた人間が生きていた。
 一〇〇〇年前にこれを首につけた「人」が生きていた。これだけの物がもてるのは貴族であろう。草木染めの糸で織られた貫頭衣、この布に手刺繍をした豪華な服を着ていた。そして今の私と同じように家族の幸せや健康を願っていたに違いない。
 それから一〇〇〇年たった今、私がこの首飾を手にしている。あの時代の空気が、想いが伝わってくる。古の人と話ができるような錯覚をおこす。私は一瞬の間に現在と一〇〇〇年の昔とを行ったり来たりしているのだ。不思議な感覚だ。
 そしてこれから一〇〇〇年先、誰かがこの首飾を手にする。「どんな人が付けていたのかしら…?」と想いを馳せてくれるのだろうか。
 鉄も鋼鉄もなかったペルーで、硬い水晶やメノウにどのようにして穴を開けたのであろうか。非常に高いレベルの技術を持った職人がいたのだろう。腰巻一つに裸足…一日中ビーズに穴を開ける仕事をしていたのだろうか。そんな事を思いめぐらしながらこの首飾をながめる。毎日取り出してじっとながめる。そしてそっと戸棚の奥にかくす。誰にも見せたくない。見られたくない。一人ニンマリと笑い、密かに喜ぶ。
 ある日、この首飾に金の留め金をつけてもらいたくて、知人の細工屋に来てもらった。ついでにもう一つ、珍しいサンゴのカメオにも金枠をつけてもらいたい。
 早速やってきた女性は金具のデザインなど細かく聞いてから、丁寧にハンカチに包んでハンドバックに納めて持って帰った。
 それから四?五時間たって電話があった。
「あのー神隠しにあったように無くなったんです。絶対にハンドバックに入れたのに家に帰ったら無いんです」
 エエエッ! うそ! ウソでしょう! せっかく何年もかかって手に入れたのに…まさか! しかしそう言われてはどうしようもない。大きなため息をして「仕方ないですねえ」…と言った。
 せっかくの発掘品が無くなってしまった。泣きたくなるような気分だった。なかなか手に入るものではないし、ペルーでももう見つからないといわれている。考えてもどうしようもない。細工屋を責めてもなくなったものは出てこないだろう。それにしても不思議な話だ。「神隠し」という言葉が今もあるとは!
 それから三年後、背の低い肩幅のがっちりした日焼けしたペルー人の男が現れた。
「アンタかね? 発掘品の首飾りを欲しがっている人は。私が五〇本持っている。全部で五〇〇〇ドルだ」
「エッ! 五〇〇〇ドル! とんでもない。とても買えないわ。二?三本だけ売ってちょうだい」
「だめだ。五〇本でないとだめだ」の一点張り。
 箸にも棒にもかからないような言い方をする威張った男である。どんなに言っても「ノン」の一言だけ。
 このころはドルの価値があって、月に三〇〇ドルあれば(家と車があって)優雅に暮らせるという時代、一九八五年?一九九〇年の頃だった。あきらめる以外にない。

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