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どこから来たの=大門千夏=(67)

「何を言ってるのよ。そんなこと言っても前世のカルマもあるからね。そう簡単にはゆかない」と友人は恐ろしいことを言うが、今の私にとっては医療保険に入っていないのだから、頼りになるのはこのイシュタル様だけなのである。
「お願いですよ。ことが起こったらすぐに一直線に天空に連れてってくださいよ。すみませんがお願いします。お忘れなく」と念には念を入れて今日もお祈りしているのである。
 ハテサテ、イシュタル様。願いを叶えて下さいますのか…?
              (二〇〇八年)


 三度目の離婚

 古き友人ゲッティから電話があった。
「私の兄、三度目の離婚をするの。それでパラチの別荘を売るんだって。家の中に色々ごちゃごちゃあるもの皆売るって言うの。骨董品もあるから見に行かない?」
 兄上がいることは聞いていたが、既に三回も結婚しているとは知らなかった。
 早速、私たちはパラチに車で出かけて行った。商売気が半分、そしてそれ以上に三回も離婚する人の家ってどんな家?という「野次馬気分」。
「兄はあんな別れた女との思い出の品なんか見たくもないというし、別れた彼女もあんな男を思い出すもの皆ほしくないと言ってるの、モッタイナイハナシ」最後は歌うようにゲッティは運転しながら独りごとを言った。
「お兄さんは三人の別れた女性に、毎月仕送りしてたいへんねー」
「しないわよ、みんな独立している女性でね、最初のは画家、二人目がバレリーナ、この二人は今アメリカに住んでるわ、三番目のは大学の先生であり翻訳家。兄はね、女性は自分と対等でないといやなの、だから教養があって経済力があって、美しくてスタイルがよくて…」
 冗談じゃあない、そんなのは困る。絶対困る。平凡な女は到底勝ち目がないではないか。
「世の中にはいるんだねー」と感心し、なんだか不公平じゃあないのと私は独り言を言った。
「でも、よくそんなのが次々見つかるわね」
「それが見つかるのよ。どこにでも意外といるんじゃないの? だから離婚ばかりしてる。幸せなのか不幸なのか」最後はまた独り言のように言った。
 どうやら離婚の原因は毎回お兄さんの浮気らしい。よほど浮気っぽい男なのだ。一度出会ったことがあるが特別ハンサムでもなく、がっちりした体つきだが背丈は普通、頭髪が少々禿げかかっていたのが気になったくらいで特別印象に残らないごくごく平凡な男だった。へーあの男がねえ。
「そうしてね、今度四回目の結婚をするの、あきれた人ね、馬鹿よ」
 経済力に女が寄ってくるのか、それとも口先がうまいのか、ともかく何時も「新しい女に目移りする」男。
 その妹であるゲッティは骨董品に興味を持つ数少ない私の友人の一人なのだ。
 堂々とした体格で、あの兄と同じくらいの背丈がある。大柄なゲッティがこのカブトムシと呼ばれているワーゲン車を運転する姿は窮屈そうで滑稽だ。彼女には映画で見るキャデラックが似合いそう。聡明そうな広い額、灰色がかった青い目、じっと見つめられると彼女の前では嘘は言えない。吸い込まれるような深遠な光を放っている。決して「ぶらない」「恰好をつけない」「地そのまま」の人で、これが私の一番好きな彼女の性格なのだ。

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