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《ブラジル》二天=古武道広めて25年=宮本武蔵の教えをブラジルに=(2)=幸せになる武道を目指して

家族で二天に通うポンテスさん(二天提供)

家族で二天に通うポンテスさん(二天提供)

 岸川さんは二天を創立してすぐ、大分県で宮本武蔵の兵法「二天一流」を修行した。以降毎年訪れ、2005年に10代師範の五所元治氏から免許皆伝を受けた。
 岸川さんは他にも全国各地の流派を学んでいて、これまでに剣術、居合術のほかに、杖術、棒術、鎖鎌術、薙刀術、十手術、槍術、古具足などを習得した。岸川さんは「日本でもこれだけの武術を習得した人はごく少ないでしょう」と言う。
 二天では「二天一流」に習い、二刀流の指導が積極的に行われている。また、刀の峰に左手を添える「添え手技」、小手の内腕部を下から切り上げる「内小手」など、剣道には見られない古流の技も取り入れている。
 岸川さんが初めてサムライや古流の技に惹かれたのは小学生のときだ。日本の祖父母が戦国武将や宮本武蔵に関する本を送ってくれ、それを何度も読んだ。その後、武蔵の『五輪書』や新渡戸稲造の『武士道』に触れ武士精神の奥深さを知った。
 大切にしている言葉に江戸初期の剣豪・柳生十兵衞の「風水音聞(ふうすいおんぶん)」がある。戦いの最中にあっても風の音や川のせせらぎを聞く心構えを説いている。
 二天創立のきっかけとなったのは医学生のときに、このようなサムライの教えを友人たちに話したことだった。当時、学内の体育館で数名の友人に剣道と居合道を教えていた。
 稽古後に「サムライの戦への心構えが、大学の試験や患者との接し方に役立っている」と話すと、友人たちは熱心に聞き入った。それからは「稽古を切り上げてサムライの話を聞きたい」とせがまれるようになり、友人たちが厳しい稽古よりも「幸せに生きるための手がかり」を求めていることに気がついた。
 岸川さんは「試合に勝つことや昇段が本当に大切か」との疑問を抱いていた。大会の稽古に打ち込みすぎると人生を考える余裕がなくなってしまう。それに大会では優勝者だけが喜び、他全員が悔しい思いをする。
 「本当に大切なのは武道ではなく、幸せな人生を歩むことだ」。そう考え、勝ち負けにこだわらない新しい武術の実現を目指した。
 スポーツ医学の専門医という立場から安全に配慮し、長く健康に稽古ができることに重点を置いた。例えば、剣道は常に右足が前だが、二天では左足が前になる「文字構え」も指導している。右足だけで踏み込みを繰り返すと負荷が蓄積され、けがや痛みにつながる。文字構えはその負荷を両足に分散することが狙いだ。
 岸川さんは「長年稽古を続けて右の膝やかかとを痛めた高段者をたくさん見てきました。痛みがあっては幸せにはなれない」と言う。
 生徒にはこれらの方針に共感した武道経験者が多い。柔道歴30年のエヴァンドロ・ポンテスさん(44)は5年前に両足を故障して柔道をやめ、その後、妻と息子と二天に通い始めた。「柔道の世界では大会が重要で、ほとんど毎日練習していたよ」と振り返る。
 「競争心は卑怯なプレーやドーピングにつながるし、それで勝っても嬉しいとは思えない。いまは勝つためではなく、内面の成長や家族とのコミュニケーションのために稽古しているよ」と話した。(続く、山縣陸人記者)

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