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110周年記念リレーエッセイ=若手・中堅弁護士が見た=日伯またぐ法律事務の現場=第6回=在日日系人と交通事故

 筆者は、東京で弁護士をしている日本弁護士であるが、ポルトガル語やスペイン語が話せるので、それら言語の話者からの法律相談を受けることも多い。
 そのほとんどが、ブラジルやペルーからのいわゆる「デカセギ」労働者である。これら「デカセギ」労働者の多くは、日本に住んでいるので、ある程度までは日本語を話すのだが、どうしても、法律問題などの込み入った話は、母語でやり取りしたいということのようだ(日本国内には、ポルトガル語やスペイン語の話者で日本法上の弁護士資格を有しているものは極めて少ない)。
 相談内容はまさに多岐にわたる。比較的多いものとして、交通事故、離婚、労働法上の問題、在留資格に関するものがあり、最近は日本と中南米とを跨ぐ国際的相続に関する問い合わせも増えてきた。
 納税に関する問い合わせ、健康保険等の社会保障についての質問、そもそもどこの官庁に問い合わせていいのかわからないので、とりあえず弁護士に連絡してみた、というような弁護士が解決できない問い合わせも相当にある。
 このなかで、特にここでは交通事故、それも「デカセギ」労働者が被害者の場合を取り上げてみたい。日本国内では、ほとんどの自動車運転者が損害賠償保険をかけており、基本的に被害者は保険会社より賠償を受けることができる。
 問題は、その賠償額であるが、保険会社内で3つの基準があるといわれている。当事者基準、弁護士基準、裁判基準がそれであり、この順番で賠償額が高くなる。被害者が保険会社と直接交渉した場合、非常に低い額しか得られていない場合が多い。
 特に、言葉の問題があり、相場がわからない「デカセギ」労働者の場合、通常日本ではあり得ないような金額で和解してしまっている場合もある。保険会社から見ると、はっきり言って、やりたい放題となってしまっている感がある。
 ここで私に連絡を頂くと、私の方で適当な資料を集め整理し(これもほとんどが漢字の多い文書であるから、やはり「デカセギ」労働者には大変なことが多い)、保険会社と私が交渉することになる。そうすると、ほぼそれだけで自動的に金額が大幅アップとなる。
 そうすると、被害者は賠償額を多く受け取れ、私は私で多くなった賠償額の一部を報酬として頂くことができ、誰も損をしていない、いわゆるウィン・ウィンの関係を容易に作ることができる。
 しかし、保険会社は損をしているじゃないかと思われるかもしれないが、彼らとしてもポルトガル語・スペイン語で弁護士が当事者にきちんと説明してくれることや、整理した資料が出てくることで、事件の解決が早まるので、賠償額はアップするものの、歓迎されることすらある(ウィン・ウィン・ウィン? もちろん全く歓迎されないこともあるが…)。
 日本人が中南米諸国に移住した際にも、現地の法律的なことがわからずに、取引で騙されたり、正当な補償を受けられなかったりして、大変なご苦労をされた方々も多くおられたと聞いている。今その逆のことが日本国内で起こっているということを、ブラジル国内の皆様にも知って頂きたい。

【プロフィール】永吉慎介(ながよししんすけ)

1978年北海道生まれ。日本の弁護士。日本で司法試験合格後、海外を放浪し、コロンビア、ブラジルに在住。弁護士登録後、東京のブティック型法律事務所にパートナーとして参画し、2016年に永吉法律事務所を開設。現在は得意の語学を活かして、国際的な紛争解決と日本国内の外国人の法律問題を中心に取り扱う。ポルトガル語、スペイン語のほか、英語、中国語での業務も行っている。
連絡先:infoportugues@japanlegalservice.com

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