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(食)食景スケッチ9=ガルシアの甘美な太もも

グルメクラブ

2005年12月09日(金)

 あるとき、年配の、だが、若作りした女性読者の方と会話していた。
 何かの拍子に、不肖わたくしがグルメクラブを担当させてもらっていますと話すと、こう応じてきた。
 へぇー、意外。野末陳平か佐高信みたいな顔したオジサンがハッスルして書いているのかと思っていましたわ、あたし。
 慇懃な口調で無礼なことをいう。それに、彼女の視線はさっきからこちらの頭部のあたりを泳いでいる。
 額が広がってきたのは間違いない。が、まだまだ、年齢的にオジサンの部類には入っていないだろう。
 ただ、記事中に、くだらないダジャレが頻出することや、発想や言い回しがところどころほこりをかぶっていると指摘されれば、それは認めざるを得ない。
 で、女性読者の方のお言葉をきっかけに、〈自己吟味〉してみた。
 最近、美術展のオープニングパーティーなんかの華やかな席でも、天気や健康を話題にすることが増えてきたなあ。とさっそく思い当るフシがある。
 さらに、もともと、ジジ臭い趣味を持ち、何か商品を選ぶ場合、「古格」を重視する傾向があるようだ。
 例えば、家の石鹸。これはフェーボ社(のバラの匂いのやつ)と決まっている。一九三〇年ポルトガル人が設立したメーカーだ。
 チーズはカツピリ。一九一一年にイタリア移民がミナス州ランバリ市で作り始め、「一九二二年にリオの国際食品展で金メダルを獲得した」。そう書いてあるトリコロールカラーのレトロな装いの容器を見ると、つい手にとって買い物カゴに入れてしまう。
 マンテイガのアヴィアソォン。オレンジ色のブリキ缶と、ラベルの旧式飛行機マーク。一九二〇年来の伝統がある。
 タバコ、金貨、エンピツを模したチョコで知られる、一九三五年創業のパン社の商品では、とりわけタバコ型のやつのファンだ。日本の不二家が生んだ逸品パラソルチョコレートに匹敵する出来だと思う。
 ところで、どうして懐古趣味的な志向があるのだろう。多分、自分の選択眼に自信がないせいだろう。だから、長い長い年月の批評に耐えてきた老舗の品に惹かれてしまうのだろう。
 最近みつけたカーザ・ガルシアはスペインの食品を扱う食材店。ここが気に入ったのも、創業三十八年の歴史があり、「ブラジルに来て半世紀さ」という移民の親父さんがいたからである。
 立ち寄った日は暑かった。棚にカヴァを見つけたので、「とりあえずビール」というのもワンパターンであるし、家で冷やして飲もうか。そんな妙案が浮かんだ。
 「洞窟」「地下蔵」を意味するカヴァは、仏のシャンパンと同じ瓶内二次発酵法で造られるスペインのスパークリングワイン。値段はシャンパンより安いうえ、スペイン原産品種のブドウを用いるので個性的な味わいも楽しめる。
 でその日、わたしはカヴァ、ハモン(生ハム)、モルシージャ・デ・セボーラ(豚の血とタマネギ、香辛料入りのソーセージ)、さらに同店の名物の甘味パヴェを購入した。
 カヴァはドン・ロマン。世界百五十カ国に輸出するフレシネ・コルドン・ネグロ(黒い瓶で知られる)や、王室御用達のトップメーカー、コドーニュの品もあったが、それよりやや廉価の「ドン・ロマンも悪くないぜ」と、薦められた。四十四レアル。国産スパークリングワイン、シャンドンより十レアルほど高いくらいだ。
 生ハムはスペイン産もあったが、百グラムで百五十レアル。とてもとても、手が出ない。それで国産のサラマンカにした。百グラムで六・五レアル。知らなかった、サンパウロ州で生産されているなんて。
 工場はサンパウロ市から約四百キロ離れたカンタンヅヴァ市にある。一九六〇年代半ばに来伯したスペイン人が一九七四年に製造開始したものだ。
 人気商品パヴェは、柔らかいとろけるようなクッキーの中に、ドッセ・デ・レイテと生クリームがたっぷり。親父いわく「ハンガリーのお菓子」だ。
 若いサラリーマンと近所のオバチャン風情が、立ち食いしていた。名刺の二倍大のサイズで一・五レアルはお値打ちだろう。お歳暮はここのパヴェにしようかな。そう思ったくらい、とっても気に入った。
 いかにも「十年一昔」を約四つも重ねた昔からあるらしい、雑然たる店の有様もまた個人的に好みだ。四方を「商品の壁」に囲まれた窒息しそうな感じが、買い物意欲をわきたてる。
 レジ脇に、五センターヴォのあめ玉と並んで、一グラムで十二レアルのサフランが。そんなところにまさか。一種の宝探しの楽しみもあり、ワクワクする。
 商品を何でもかんでも天井からぶら下げている内装センスも「らしさ」がある。何頭分に相当するのだろう、大量の豚の太もも(ハモン)がぶらさがっている光景は官能的だ。
 嗚呼、桜色の豚の太ももが如き甘美な味と外見を併せ持つ食べ物は世にまた得がたかるべし。
 カーザ・ガルシア=ルイース・コエーリョ街128。電話11・289・2076。

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