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連載小説

臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(50)

 糸巻きにする木は、ねじりに強い木でなくてはならず、そのような特殊な木は容易にみつからない。沖縄人はブラジルにある木で最もその性質のあるのはコショウボクだと気付いた。正輝がブラジルではじめて目にした三線にはこの駒が使われていた。出っ張りにヤスリがかけられた四角い底辺のピラミッド形で、胴体にはめこまれるところだけが丸くされていた。 ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(49)

 正輝が興味を示したのは、哲学、歴史、政治、特に最近の日本の政治に関する記事だった。みんなが読み終わった本は彼が保管できるように願いでて、自分自身のために図書箱をつくろうとした。家の食堂と居間に本をおく場所をつくった。本の数は少なかったがそれは宝物だった。本を所有することが誇りだった。だから、みんなの見えるところに置かなくてはな ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(48)

「仕事中、ふつうの休み時間より長く休むことで、この先も働きつづけられる。これは竹がしなって、強風をしのぎ、そのあと、すぐに、もとどおり真っすぐ立ち直る。それと同じことじゃないか?」  習慣、目的、文化、価値観のちがいなどから日本人が農園の他の労働者の日常生活に影響をあたえることもあった。正輝の家族はほかの日本人と同様に日曜日、教 ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(47)

 日本人は苦境にあるとき、「がんばれ!」という励しの言葉をかける。たとえば、マラソンなどで選手が苦境に立つと、まわりの者が「がんばれ」とさけんで選手を励ます。苦しみながらコースを走っている選手に、疲れにうち克てと励ましているのだ。それはまた、苦境にさからわず運命をそのまま受け入れろという言葉でもあった。  移民史の専門家セリア・ ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(46)

「以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ」という箇所の響きが気に入って、ここは特に気持ちをこめて暗誦した。意味がわかったわけではない。 「天壌無窮」とは何のことだろうと自問したが、その答えは得られなかった。  最後に、起立して「君が代」を斉唱した。  正輝が参加した愛国心あふれる天長節はグァタパラだけでなく他の集団地の移民の間でも行なわ ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(45)

 いくつかの結婚式の料理がつくられた。新郎の父親は豚の半分を買い、それを煮たり、揚げたりして、いろいろな料理をつくった。そのほか、みんなが日常的に食べている料理もテーブルに並べられた。飲み物は、飲みつけているうすいコーヒーで、大人にはピンガがふるまわれた。かしこまって、互いに遠慮しあっている新郎新婦以外は、みんな楽しんでいるよう ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(44)

 樽が以前からグァタパラ耕地に入植している日本人に、団結の必要性を説きにいったおり、不意打ちをくった。 「すでに、準備中です」  樽と最初に話した男はこういったのだ。  移民同士の結びつきを強化することが日本人の大きな課題だった。共同体の強化はブラジルで生きる日本人には不可欠で、いま、その時をむかえている。樽には農園の日本人がシ ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(43)

 脱走の日、家族はまるで計画などしていないように、いつもの通り働いた。  けれども、きちんと計画はたてていた。打ち合わせていた行き先に着くため、どこで待ち合わせるか、ちゃんと決めていた。夜、日本からもってきたわずかな荷物をまとめた。もっていけないものは友だちにあげた。隣の日本人に別れの挨拶をし、歩きはじめた。長い距離を歩かなけれ ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(42)

『日本を出る移民は船賃やその他の経費の融資を受け、借金を抱えて渡伯した。外国では水でも汲むようにたやすく金が手に入ると聞いていたからだ。  移民たちは何ヵ月か働けば100円なり、200円なりの借金を返済できると考えたのだ。ところが、現実は逆で、儲けるどころか借金がどんどん膨らんでいったのだ。それに栄養不足や疲労困憊からくる絶望が ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(41)

 夕食は一日を無事に過ごしたことを話し合う大事なときなのだが、その晩、話題になったのは食事の質の悪さだった。三人が不慣れなせいもあったのだが、悪いことのすべてが食事のまずさに集中しているように感じたのだ。疲れきっていたから、間に合わせに作ったベッドは寝心地が最高だった。  暮らしは次の日も、そのまた次の日も、変わらなかった。けれ ...

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