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連載小説

ガウショ物語=(45)=ファラッポスの決闘=《2》=多くの血が流されたことか

 荷車の一団は広場の真ん中に止まった。ただちに案内役の男が進み出て、通行証やその他の書類を差し出した。男が言うには、やってきたのはある未亡人で、政府に宛てた書簡を持参した。捕らえられて家畜にされた牛や馬について、そしてその損害云々、といった内容の訴えが、延々と、もつれた縄よろしく書かれていたそうだ…… この出来事は、たちまちわし ...

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宿世(すくせ)の縁=松井太郎=(9)

 檀家でもない松山家の葬儀をとりおこなってくれたのに好感をもった。ー朝夕のお勤めを欠かさないようにーそういって坊さんは白木の位牌をおいていった。表には戒名が記してあり、裏には故人の生年月日と俗名が書いてある。太一はそれを机のうえの棚においたが坊さんに言われた祭事はおこなってはいない、位牌は千恵ではないし拝む気持ちになれない、千恵 ...

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宿世(すくせ)の縁=松井太郎=(8)

 寝台の頭をおく側に枕が二つならんでいる。わずか三日まえまで千恵が頭をおいたところなのに、今夜はもうその者はいない、いままでにも太一はおおくの人の死に会ってきた。ーすべての人間は死ぬ、知人Aは人間であった。それでAは死んだ。で片付けてきたが、千恵の死はその帰納法では納得できないなにかがあった。 太一は重い頭で、千恵との過去のさま ...

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宿世(すくせ)の縁=松井太郎=(7)

 死に化粧が巧みだったのか、それとも体力をあまり消耗しないうちに死んだので、見たところ十歳もわかくみえ、老婦人のもつ品のよい美しささえあらわしていた。 けれども太一は一目みたとき、これはもう千恵ではないと思った。蝋のような質料で精巧に作られた人形のようなものに感じた。つまり命のないもの死者ということであった。死とは生者の目の前に ...

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宿世(すくせ)の縁=松井太郎=(6)

 千恵は家に戻ってはこず、病院より墓地に運ばれ、遺体安置場で弔問客に会い、永の訣別をすることになった。 太一はどういうものか、父母をはじめ弟妹たちとも縁はうすい。長男なのに家を出たゆえだろう。おなじサンパウロ市内にいても便りもなく、時に妨ねてきても四、五年の間はおいている。まして他州にいる者とは嘘のようだが二十年も会っていない。 ...

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宿世(すくせ)の縁=松井太郎=(5)

 太一はーえらいことになったーという衝撃もあったが、なるべく考えないようにしていたある予想が、ぱっくりと眼のまえではじけた恐怖につつまれた。事態は急変しているので、太一は廊下をはしって息子夫婦の部屋の戸をたたいた。すぐに嫁の姉S宅に知らし、丈二は友人Eにすぐきてくれるように頼んだ。Sの娘で看護婦を勤めているI市の救急病院にゆくこ ...

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ガウショ物語=(44)=ファラッポスの決闘=《1》=祖国のために生き、死ぬ

 わしがベント・ゴンサルヴェス将軍の伝令だったことは何度も話したな――もちろん、証拠だってかあるさ。 これから話すことは一八四二年の終わりごろ、アレグレッテで始まって、それから二年の後、国境のサンタナに近いサランジの辺りまで広がって、二月二七日に終った戦の時に起こったことだ。 ことの起こりはこんな具合だった。まあ、お前さんによく ...

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宿世(すくせ)の縁=松井太郎=(4)

 太二はすぐにそれは血便と直感した。それもかなりの量のものが、時間をへて排泄されたものと判断し、さっそく店に電話して息子をよんだ。 入院した千恵は点滴の注入はうけていたが、近日にでも手術をうけられる様子はないようであった。丈二が係の医者にきくと、ーいま検査しているところだーと答えただけで、詳しくは説明してくれなかったという。太一 ...

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宿世(すくせ)の縁=松井太郎=(3)

 彼の知人のなかにも千恵とおなじ病気のひとがいて、もう十年からインシュリーナを打ちつづけているという。毎日欠かせない注射も、無為の彼にはよい日課になった。というよりは太一の心にあるはずみがついているのを自覚して、近ごろとみに神経過敏になっている妻に見破られないかと、ギョッーとなるときがある。 思い返してみると、千恵にーあんたはわ ...

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ガウショ物語=(43)=骨投げ賭博=《2》=刃物一つで二つの心臓貫く

 「月毛と?」 「月毛とラリカだ!その通りさ。やつにはもう飽きあきしているところだ!……」 「なら、受けて立つ。」 見物人の中には目と目を交わし、ささやきあう者もいた。彼等にはこのガウショが運に見放されていることが分かっていた。すでにかね金も馬も革の長靴も、銀の太い鎖がついた平ムチまで、全てを失っていたのだ。そして、今度は、相手 ...

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