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連載小説

実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(4)

 夕暮れに一人、太陽を見つめる源吉の目に初めて涙が浮かんだ。希望に胸を膨らませて祖国を出た姿に比べ、惨めで汚れたこの姿。苦しくても誰にも救いを求められない。異郷の孤独が身にしみた。「母ちゃん」 ぽとりと涙は落ちると、乾いた土に吸い込まれて、たちまち消えた。     *         *  昭和十七年、源吉は四十才台になっていた ...

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実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(3)

 ところが相手はこれを松太郎への加勢と勘違いしたらしい、振り上げた鞭を今度は源吉に向けてきたのだ。はじめの数回はなんとかかわしていたもののバシッとまともに一発を食らうと対抗するしかなかった。軍隊時代に習った柔道の技が無意識に働いた。相手の利き腕をつかむと、ドウッと、一本背負いが見事に決まって、相手は地面に叩き付けれた。これが二、 ...

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実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(2)

 昭和の初期、アララクアラ沿線のこのコーヒー農場には数十家族の日本移民がコロノ(農作業者)として入っており、新来の源吉夫婦もその一員だった。 やがて支度が整うとエンシャーダ{鍬}を肩に、昼の弁当と水がめをぶら下げて、二人は揃って家を出た。朝の光を受けて、急速にもやが薄れ、濃い緑の草に朝露がきらきらと輝いていた。「この草取りも今日 ...

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実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(1)

 ブラジルの空は高く、青く澄んでいた。白地に赤も鮮やかに、日の丸の旗がはためいていた。 ピュ、ヒューン 澄んだ空気を切り裂いて弾丸が飛んだ。「正吉、勝次、伏せろ。窓から顔を出すじゃねえぞ」。源吉はあらためてウインチェスター連発銃を握りなおした。「やい腰抜け度も、一歩でも俺の屋敷内に踏み込んでみろ、この鉛弾をドテッ腹にぶち込んでや ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(44)

 特に専務は、「これからの君に期待されている特大有望地区なのだ。ここを二週間、君と周り、俺の全ての知識は一応説明した。だが、これからは君が奥さんにも教えながら頑張りなさい。そして早く軌道に乗せて、新入営業マンを二、三人抱える様になれば、奥さんなんか働かせなくてブラジルに錦を飾って見せなさい。この仕事は男冥利に尽きる。美味しい(素 ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(43)

 何にも知らないのは千年太郎一人。彼女(森沢須磨子)と千年の経緯(いきさつ)を全部知り尽くして対応されているのには、また驚く千年だった。 「だとすると、なぜなんだ?」と自問した。要は自分の力量だけが目的なのか。「『株式会社・大東建装』は実力、実績本位の企業なのか、昨今国内外で話題の企業改革の一端なのかも知れない」と勝手に思い込む ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(42)

 「いかん、いかん。俺は一体なにしに来たんだ。女房の静江や子供を何とする。いかん、いかん。そんなお前じゃないだろう。どうした、どうした」と太郎は自分の頭を自分で叩きながら自問した。 自業自得で人様に笑われて、家族に悲しい想いをさせる自堕落を何とする。自分のふがいなさに、一人思い切り泣いた。そして太郎は肝に銘じた。 ここで生まれ変 ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(41)

 その頃、再三、岐阜市を訪問していた千年君。そのついでに大阪の企業のお膳立てで、ブラジルからの「出稼ぎについて」と題した講演会に招待された。そこで出稼ぎ事情をお話したが、その席に彼の支店長さんが出席していたようで有った。そんなことを書いたメモが、現金五万円と共に例の封筒に入っていた。つまり大東なる建設会社は、数年前からブラジルに ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(40)

「なんだって、青森かい」「あなた青森に行きましょう」「青森は、ちと遠いよ」 しかし千年は、「しかし、待てよ。ホテルに泊まるより良いかもね。そうだ青森にしよう。そうだ、まず東京に行こう」と考え直した。 横浜駅に行って、青森行きを駅員に尋ねた。「東京駅から夜行があります」と言う駅員。「それに決めた。ここまで来たら、野となれ山となれだ ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(39)

 二人が降りると、待ち受けていた一人がうやうやしく、「さあ、こちらへ。お荷物は事務所にお届けして置きますから」と、まるで5つ星ホテルでボーイさんから丁重に扱われているような歓迎を受けた。 エレベータで十二階の事務室へはいった所で、女性事務員が「どうぞ、こちらへ」と先導してくれ、応接室のドアをノックした。中から「どうぞ」との声。  ...

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