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移り住みし者たち=麻野 涼

連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第126回

ニッケイ新聞 2013年7月30日 「インクは一週間分くらいですかね。それよりも紙の方が問題です」藤沢はまるで他人事のように答えた。「紙は一ヶ月分くらい融通してもらっています」  児玉は二人の会話を聞きながら、紙、インクをサンパウロ新聞から時々融通してもらい、パウリスタ新聞を発行していることを知った。おそらくサンパウロ新聞社の美 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第111回

ニッケイ新聞 2013年7月6日 「明日から朝食は私たちと一緒にこっちの部屋で摂ればいい。用意ができたらドアをノックするから出てきて食べるように。昼食はこの容器に入れて用意してあげるから、それを会社に持って行きなさい。夜はあなたの部屋に用意しておくから、夜間中学から帰ってきたら食べるように」  叫子が明日からの生活について説明し ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第127回

ニッケイ新聞 2013年7月31日  「日本は勝った」と異様な熱気に包まれた日系社会で、負け組の人々は「非国民」と罵声を浴びせ掛けられ、命を狙われた。そして一九四六年三月七日午後十一時三十分頃、バストス産業組合専務理事の溝部幾太が、バストス市街地にある自宅裏庭で背後から拳銃で撃たれ死亡した。  その後も、勝ち組によるテロの嵐が吹 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第112回

ニッケイ新聞 2013年7月9日  それが終わると、次に整備するオートバイはどれなのか小宮に聞いてくるようになった。 「どこまで続くか見ものだな」  竹沢所長は半信半疑だった。  複雑な整備技術が求められるオートバイが持ち込まれ、それを小宮が整備する時などは、パウロは一番前にきて、何も見落とすまいと真剣そのものだった。ノートも手 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第113回

ニッケイ新聞 2013年7月11日 「ここから二時間もかかる田舎なんだ。週末はシェッフェのために使って……」  パウロの言葉を制して、叫子が言った。パウロが家族に引き合わせたくないと思っているのは、小宮も感じていた。 「何をそんなに心配しているの?」  パウロはソファに座りこみ、頭を抱え込んでしまった。 「何か問題でもあるのか? ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第114回

ニッケイ新聞 2013年7月12日  グスターボは空腹なのか腹を鳴らした。 「そんなにほめられたら料理しないわけにはいかないわね」  叫子はセシリアにキッチンに案内するように言った。  しかし、叫子はすぐに戻ってきて、日本語で言った。「お米がないのよ。近くにパダリアがあるらしいから子供たちにパンと米を買いに行かせて」  パウロが ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第115回

ニッケイ新聞 2013年7月13日  日本から持ってきたカメラや小型テープレコーダーは売り払ってしまい、金目のものはなかった。仕方なく児玉はテレーザに助けを求めた。理由を説明すると、二つ返事でテレーザのアパートで生活するのを許してくれた。  パウリスタ新聞一面の入稿作業は夜の八時には終わっていた。仕事を終え、コンデの坂を上りジョ ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第116回

ニッケイ新聞 2013年7月16日  時事通信から配信されたニュースで一面記事を作成していた。午前中に翌日の新聞のトップ記事と右肩にどの記事を掲載するかなどを決め、その原稿を印刷工場に回し、記事のタイトルを四階の写植部に回しておけば、昼休みから夕方四時、五時までは何もすることがなかった。  編集室は窓際から翻訳・スポーツ欄の小笠 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第117回

ニッケイ新聞 2013年7月17日  目下のところ、ブラジルの在日権益代表であるポルトガル総領事館から旅券の発給を受けた日系ブラジル人は前記中平兄弟のほかサンパウロ市生れの千崎クララ夫人(二十六=杉本芳之助令嬢)および令嬢の四人だけであるが、中平兄弟の方は他の航空会社の通し切符まで手にいれている関係で、終戦後の日系ブラジル人のブ ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第118回

ニッケイ新聞 2013年7月18日  戦死した二世の家族の所在先は、サンパウロ総領事館ですぐに割り出すことはできた。児玉は土曜日、日曜日を利用してその取材を始めた。パウリスタ新聞の取材ではなく個人の取材なので取材車を持ち出すことはできなかった。児玉はマリーナとの会話学習を復活させるために、彼女を取材に誘った。サンパウロ市から遠く ...

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