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移り住みし者たち=麻野 涼

連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第119回

ニッケイ新聞 2013年7月19日  思わず児玉が聞き返した。 「広島と長崎は原爆で廃墟になった。何十年も草木も生えない。ピカドンにやられてみんな死んでしまった。そんな記事を読んで喜ぶ日本人がいると思うのか」  甲斐一家も一旗上げるつもりでブラジルの土を踏んだのだろう。故郷には家族もいる。まして長男が帰国し、帝国陸軍の兵士として ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第120回

ニッケイ新聞 2013年7月20日  十八家族五十四名は、リオデ・ャネイロで下船、イーリャ・ダス・フローレス移民収容所に一先ず入所した後、アマゾンに向かった。四人の孤児はそのままサントス港に向かい、彼らがブラジルの土を踏んだのは、それから二日後の十三日のことだった。「明るく瞳輝いて、孤児四名元気で着く」という見出しで、二月十四日 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第121回

ニッケイ新聞 2013年7月23日 「なんだ、児玉さんは叫子さんを目当てに飲みに来たんだ。残念ね、彼女はいい人を見つけて、今はアクリマソンで暮らしているらしいよ」 「そうなんだ。どこのアパートだかわかる?」 「叫子さんと仲の良かった子がいるから、ちょっと待ってて」  彼女はサトミというホステスを連れてきた。児玉はボックス席で二人 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第122回

ニッケイ新聞 2013年7月24日 「日本で記事が出るとなると、家族が読む可能性が出てくるので……」いつもの小宮らしからぬ歯切れの悪い返事だ。  しかし、すぐにいつもの小宮に戻り、意を決したように言った。 「児玉さんの取材はお受けしたいと思います。でも、少し時間をいただけますか。私たちがホントに揺るぎない幸福な生活を築くまで待っ ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第107回

ニッケイ新聞 2013年7月2日  他の整備士も技術を習得しようと懸命になっていたが、竹沢によるとパウロは何度説明してもオートバイのメカニズムを理解しようとしないと嘆いていた。その理由は現場で教えているとすぐにわかった。  最初のうちはパウロだけではなく、ブラジル人は小宮の説明をノートにメモするどころか、メモ用紙さえ持っていなか ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第123回

ニッケイ新聞 2013年7月25日  そんな交渉をしている横のテーブルで中野が、A3の封筒から結婚式の写真のような表紙のついたアルバム三枚を取り出し、児玉に差し出した。中野は子供の頃、北海道から移住してきた一世で、ブラジル全土を広告取りに飛び回っていた。 「何ですか、これ?」児玉が聞いた。  しかし、中野はそれには答えずに、エス ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第98回

ニッケイ新聞 2013年6月19日  マリーナはウィスキーの空瓶が散乱し、埃だらけの部屋を見て、言葉を失っていた。 「ありがとう。久しぶりに食事らしい食事をしたよ」  児玉はデザートのマンゴーを頬張りながら言った。 「児玉さん、このアパートは日本の大学を卒業したあなたのような人が住むところではありません。一日も早く出た方がいいと ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第99回

ニッケイ新聞 2013年6月20日  追い求める自分にいつか出会えることを祈っています。ブラジルにまできてこのことで言い争うつもりはありませんが、きっとそれは私が思っている朴美子とはまったく違った姿のあなたなのだろうと思います。  羽田から飛び立つ五日前のことでした。あの晩、白い錠剤を二階から投げつけてきたあなたに、いつもとは違 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第100回

ニッケイ新聞 2013年6月21日  楽園からの手紙  金子幸代は横浜市緑区十日市場の市営住宅を当て、母親の朴仁貞と二人暮らしをしていた。二DKの集合住宅だが、以前住んでいた恩田町の朝鮮人部落よりははるかに暮らしやすかった。父親と兄、姉らが共和国へ帰還していった後も、夜が明けると同時に、リヤカーを引く音や夫婦喧嘩の声が絶えない長 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第101回

ニッケイ新聞 2013年6月22日  朴仁貞は以前暮らしていた恩田町の知人を時折訪ねていた。そこの朝鮮人部落から帰還した在日も少なくはなかった。  大学から戻ると部屋の灯りもつけずに、朴仁貞がダイニングキッチンのテーブルに腰かけたまま物思いに沈んでいた。いつもなら「お帰り」と声をかけてくるがそれもなかった。 「どうしたの? オモ ...

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