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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎

自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(15)

 さて、千年太郎青年は、岩下ご夫妻の親愛なるご指導ご鞭撻により、岩下家の主生産品のトマテ(トマト)生産出荷に向けて、頑張って行く。五、六ヶ月はアッと言う間に過ぎた。ところがここで予想だにしなかった事態発生。早くも挫折の危機に見舞われる。九月にはいり、季節は春ながら海岸線特有の蒸し暑さが続き、トマテには大敵のべト病が蔓延。毎日、噴 ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(14)

 その間、千年さん、瞬き(まばたき)出来たかどうか、茫然としていた。姉の玲子さんが、後を追ってきた愛子さんと二人で、こちらに手を振って、家の方へ消えて行った。 この一瞬の出来事は、千年の生涯でも、忘れ難く脳裏に焼き付いた一事となった。母国の娘さん達に出来る技では無いと、この時ばかりは度肝を抜かれた。貴重な体験となった。 いやはや ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(13)

 楽しい時間は早いもの、何と午前様とあいなった。一同休ませて頂く事にした。新コチア青年二人はかなり「ご銘亭」。ベットに横になったかと思ったら、二人で高いびき。朝までぐっすり。パトロンの計らいで朝寝が出来た。 もう十一時である。岩下氏の子供から「昼食(アルモッサ)だよ」と声がかかった。ブラジルの農家の昼食は十一時頃が普通のようであ ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(12)

 感慨深い、第一歩をまさにふみ出したのだ。ブラジルの原始林の真っただ中の、素朴な住まい。飾り気ない寝室だが、彼らが夢に向かって突進する居城なのであった。 ここが千年太郎、野口節男、二青年の雇い主(パトロン)、岩下与一氏宅である。 一九五七年頃、ブラジル政府は旧日本移民の素晴らしい業績と実直な働きに対して理解をしめし、戦後移民受け ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(11)

 いよいよ、千年(ちとせ)太郎君の名が出た。次いで野口節男君、二名はピエダーデ郡在住の岩下与一さんへと指名され、岩下氏は手を振っている。 千年君と野口君二人は、岩下氏の元へ深々と頭を下げて挨拶していた。そして外で待ち構えていた車の運転手さんに、岩下氏が「待たしたな。荷物を積みましょう」と声をかけた。後ろのドアから二人の荷物を積ん ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(10)

 まず出されたのはパンとコーヒー。コーヒーは正に本場であるから良しとしても、「パン」は余りにもかたい。それに「マンテーガ」なる乳製クリームと、「モルタンデ―ラ」を挟んだ「サンドイッチ」である。これがどうも、日本人には妙な味で口に入らない。匂いも強い。「これからブラジル生活には避けて通れぬ『トーマカフェ』(朝食)である」と聞かされ ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(9)

 午前七時になった。移民船ぶらじる丸最後の朝食となった。日本的な雰囲気はこれが最後か。あと一時間で新天地、ブラジルの国土に踏み出す事となる。 朝食後は、自分の身の回り品を下船に備えねばならぬ。昨夜の内に済ませてはおいた、手荷物すべてを持って看板に整列した。その頃、ウルグァイ、アルゼンチンに行かれる同船者との別れも。再会の機会が果 ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(8)

 さらに艦内放送でも「忘れ物のない様に慌てず、気を付けてゆっくりお願いします。アルゼンチン行きの方は、慌てないで自室でゆっくりお待ち下さい」と頻繁に流れていた。 それでも日本人は気が早い。昨夜から用意していた人もいたようだ。家族移民の人もおられる。何と忙しい事か。日野さん(日野さんは福岡県朝倉郡杷木町出身の呼び寄せ家族移民)も、 ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(7)

 侍従長役、やおらお立ちに成り、三名の侍従を従えて、先程ご登場の方角に退散なさいます。笹山部長は、侍従長殿退出後、海魚に(扮した)役者に囲まれて船員乗客から祝福をお受けに成られる。船長代理は航海許可証書を捧げながら、うやうやしく目上に戴き、船員および出演者と喜びあい、舞台から下がって行く。目出度し、目出度しで幕となった。 そのよ ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(6)

 何の呼び出しか、太郎には解からない。怪訝そうな目つきでふさぎこんでいた。太平洋上の酒盛りの一件が祟って、なんとなく不安だった。 あの酒盛り事件以後、皆の見る目が太郎には眩しく不愉快な日々を送るしか手はなかった。大西洋は太平洋とは打って変わっていた。なーる程、大西洋、静かにて、日本の真冬とは大変わり、中南米特異の上天候が続いてい ...

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