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大耳小耳

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2007年5月31日付け  ア・マッシャードの日本人墓地に葬られた七百八十四人中、一人だけブラジル人がいる。同地の五〇年史『拓魂』によれば、一九二〇年に起きた殺人事件の犠牲者マヌエルだ。この事件では彼以外に日本人三人も死亡した。犯人は非日系のカマラーダで、正月元旦の夜十一頃に起きた。あっという間に四人がナイフで刺され、犯人は逃げ ...

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2007年5月31日付け  よくカラオケで歌われている「海猫が鳴くからニシンが来ると 赤い筒袖のヤン衆がさわぐ」で始まる『石狩挽歌』(作詞=なかにし礼/作曲=浜圭介)の一節には「今じゃ浜辺で オンボロロ・オンボロボロロ~沖を通るは〃笠戸丸〃」という歌詞がある。日本においては移民船というよりは、蟹工船としての方が有名のようだ。それ ...

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2007年5月30日付け  ビールのブランド「ブラーマ」は一八八八年にスイス移民によって始められたと、Fator Brasilサイトで紹介されている。黒人奴隷解放令が出た年として有名だが、意外に身近なものが始まった年でもある訳だ。今や世界で五番目に飲まれているブランドであり、三十カ国へ輸出されている。ちなみに日本のキリンビール発 ...

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2007年5月29日付け  松岡利勝農相が二十六日、自殺した。〇五年に続き今月初旬に来伯、記者会見の記憶が新しいだけに驚くばかりだ。今回の訪問で農相と会ったコロニア関係者は、「日本での再開を約束した。自殺をするような人には見えなかった」と驚きを隠せない様子だった。      ◎   二十七日に事務所開きを行ったブラジル日本交流協 ...

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2007年5月26日付け  低調に終わったブラジル日本移民百周年協会の記者会見。プロジェクトなどの説明を行なった吉岡氏は、ブラジル側で評価されているのに、日本側から協会の動きが遅いと批判されるのは、「文化の違い」と言い切った。本当にそう思っているのなら、夜もグッスリ眠れていることだろう。      ◎  来年二十五周年を迎えるブ ...

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2007年5月25日付け  「『ドラセーナ』とは植物の名前で、枯れないし、切っても成長することから、街の繁栄を願って付けられた」と、井田憲次ドラセーナ文協顧問。井田さんは「文協は若い世代にまかせている」と話すが、同地の多くの若者らはデカゼギに出たまま戻ってきていない。ヒサカズ・モトユキさん(75)は「子育てが目的で渡ったのに、子 ...

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2007年5月24日付け  一九七〇年の誘拐事件で有名な大口信夫在聖総領事(当時)について調べたら、興味深い事実が分かった。実は、日本の郷土玩具や世界の民俗玩具の蒐集家で、一万二千点にのぼる「大口コレクション」は遺族が九五年に郷里の愛知県豊橋市に寄贈し、現在は同美術博物館に所蔵されている。ブラジル産の土人形などもあるとか。父親の ...

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2007年5月22日付け  「コロニアの為に」を金科玉条にしてきた天野鉄人氏。日系社会のことを考えすぎて、孫の名前も覚えないほどだったのだが、今回主張が大きく変わり、伯政府に対するものとなったようだ。「寄付ではなく、無条件で提供」と強調、金銭の授受は肯定も否定もしないところは変わらない。一部で好評の説明会が今回行なわれなかったの ...

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2007年5月19日付け  今どこに――? 一九七五年、平野植民地六十年祭のころに作られた平野運平の胸像。サンパウロ市に寄贈され、タマンズアテ川横に置かれたが、橋の設置工事にともない取り除かれて以降、行方不明に。平野植民地の池田好幸さんは「どこかの倉庫に捨てられたままか。このままでは、胸像が不憫だ・・・」と捜索を訴えている。   ...

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2007年5月18日付け  岡田芳太郎の遺品の一部は一九八三年の洪水で流されたというが、絵葉書や写真は数十枚残されている。そのなかに、一一年にアメリカの歴史学者が発見したマチュピチュの写真がある。発見当時のものか、鬱蒼とした森に覆われたインカ帝国の姿が。そして、エミアさんが「これ分かる?」と出してきた写真は「天勝」こと、明治、大 ...

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