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2012年

ブラジル文学に登場する日系人像を探る4=マリオ・デ・アンドラーデの「愛は自動詞」=端役の日系人コッペイロ=中田みちよ=第3回

ニッケイ新聞 2012年12月13日付け  『…そこで彼らは話し合った。長い時間。感動を込めて。過去の苦しみを語った。固い信頼に結ばれて。外地での痛痒と苦しみを。幼少期は幸福だった、無邪気でおもちゃがあって、春が来て、母親がいて…いまだかつて、一粒の涙が、これほど思い出を、喜びを、悲しみをもたらしたことがあったろうか。二人の上に ...

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ブラジル文学に登場する日系人像を探る4=マリオ・デ・アンドラーデの「愛は自動詞」=端役の日系人コッペイロ=中田みちよ=第2回

ニッケイ新聞 2012年12月12日付け  現在でも時々、年金者の乗客が多いバスなどで、イタリア系のおじさんに、同盟国として握手を求められることがあります。戦時中の三国同盟が生きているんですね(1937年日独伊三国防共協定成立)。逝った娘婿の家もイタリア系で、初対面の時に元同志だといわれて面食らったことがありますし。  ソウザ・ ...

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ブラジル文学に登場する日系人像を探る4=マリオ・デ・アンドラーデの「愛は自動詞」=端役の日本人コッペイロ=中田みちよ=第1回

ニッケイ新聞 2012年12月11日付け  文学の中に最初に日系人を登場させたのは、たぶん、マリオ・デ・アンドラーデです。そのうちまた何かの拍子に、日系人が出ている作品に出くわすこともあるかもしれませんが…。  ブラジルの文学史を語るとき、1922年の『近代芸術週間』というのが必ず顔を出します。それまでも無論、文学はあったのです ...

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日本酒市場開拓の草分け=飯田龍也さんの新商法=(下)=父子で伝える日本食文化

ニッケイ新聞 2012年12月7日付け  東洋街では毎年のように老舗の日本食店、日系商店が閉店していく——。  そんな中で飯田龍也アレシャンドレさんが8年前から始めた「酒蔵」は、数少ない気を吐く存在だ。特にインターネットを駆使して宣伝し、宅配する商法は当地ではまだ多くない。  新しさに隠された商売の原点を尋ねると、実は父親の代か ...

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日本酒市場開拓の草分け=飯田龍也さんの新商法=(上)=ポ語サイト開設し大人気

ニッケイ新聞 2012年12月6日付け  来年はいよいよ移民105年だが、ワインなどに比べて日本酒の認知度はまだまだ低い。そんな中で新手の普及方法を編み出して孤軍奮闘するのは、リベルダーデ区に「酒蔵 アデガ・デ・サケ」を構える飯田龍也アレシャンドレさん(37、二世)だ。8年前に日本人を相手に徒手空拳で始めて、今では主にブラジル人 ...

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工業移住 秦野生50周年=最後発の戦後移民群像=(下)=伯国社会へ溶け込んだ人生

ニッケイ新聞 2012年12月1日付け  3期生の佐藤隆さん(70、岩手)は、オリンピック景気の只中にあった1963年に渡伯した。日本の急成長を予感しながらも「日本で生まれて日本で死ぬより、別なことをやってみたくなったんだろうね」と自らの人生を振り返る。茨城県にあった日立を辞め、移住に踏み切った。  初めはヨーロッパ系の企業に1 ...

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工業移住 秦野生50周年=最後発の戦後移民群像=(中)=青年の勢いで渡伯を決意

 「思ったより集まってくれた。45周年より盛り上がってよかった」。記念同窓会の世話人の一人、安藤光明さん(71、秋田、3期生)はそう笑顔でうなずいた。  工業移住者の多くがそうであるように、秦野生のほとんどは単身渡伯だった。300人余りいた秦野生のうち、現在連絡が取れるのは60人。5年前の調査によれば約30人が逝去、約90人が帰 ...

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工業移住 秦野生50周年=最後発の戦後移民群像=(上)=数十年ぶりの同窓会で笑顔

 「最後に来たのは40年前。記憶もないくらい昔の話」—秦野生らは縁の深い神奈川農場に到着すると、清々しそうに周囲を見渡し、記憶の糸をたぐった。1962年に神奈川県立秦野高等職業訓練所に海外工業移住科が設置され、以来1980年まで通称「秦野生」と呼ばれる卒業生ら計300人余りがブラジルへ渡った。長年活動が途絶えていたが、1期生の佐 ...

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第15回=砂漠の中の椰子文化圏=往復6千キロ経て帰還

ニッケイ新聞 2012年11月29日付け  「この辺はボクがブラジルに来た54年前のマット・グロッソと同じような感じですね。まるで時間が止まっているようだ。ブラジルの原点だね」。プレギッサ川の艀の近くには掘立小屋のような原住民の家が数軒建っているだけ。その様子を見ながら、一行の平谷勲さん(いさお、68、和歌山)はそう呟いた。19 ...

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第14回=バレイリンニャス=まるでパリ・ダカール=アマゾンに広がる砂漠の謎

ニッケイ新聞 2012年11月28日付け  10月2日午後2時過ぎ、一行が泊まる宿の前にはズラリ10台近くもバンジが並ぶ——壮観だ。現地集落を越えると砂地の道が延々と14キロも続く。運転手含めて11人も乗員が乗っているから車は重い。ゆっくり走ると砂に足を取られるので、ある程度のスピードを維持したままデコボコ道の轍を走り続けなけれ ...

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