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島流し物語=監獄島アンシェッタ抑留記=特別寄稿=日高徳一

島流し物語=監獄島アンシェッタ抑留記=特別寄稿=日高徳一=(14)=「大勢の方に迷惑をかけた」=時と共に理解できたのでは

「トッパン日の丸事件」の当事者7人が前列の若者ら(前列左端が日高さん、1946年1月29日撮影、移民史料館所蔵)

 事件になんら関係のない、祖国を固く信じたばかりに収監され、虐待され、留守家族も破壊された方もあるのである。 他に責任を転嫁するつもりはないが、あの時に祖国の敗戦を同胞に知らすべく7名の者が連名で敗戦伝達を、コチア産組を通じて配布したのが逆効果となりあの騒ぎとなったのだと思う。 ある時、誰だったか忘れたが臣道聯盟のノロエステ線支 ...

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島流し物語=監獄島アンシェッタ抑留記=特別寄稿=日高徳一=(13)=あっけない「ジャポネスの勝利」=弁護士による釈放働きかけ

根来良太郎(山村保生さん所蔵)

 次は泉沢君の出番。先鋒が凄いところを見せたので勢いづいたのか、悠々と現れ、相撲の四股を踏み、柏手を打って、日本語で「サーア来い」と云った。だが相手が出て来ない。いくら待っても現れない。審判が「ジャポネスの勝利」と宣言して終わった。 先生達の話だと、「あの一撃をうけたら普通の者なら一巻の終わりであったが、獣の様な奴だから気絶した ...

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島流し物語=監獄島アンシェッタ抑留記=特別寄稿=日高徳一=(12)=伯人囚人の強者と格闘試合=精鋭3人が日本人の名をかけ

1932年に聖市近郊タボン相撲大会で土俵入りする上位力士の様子 《『ブラジル日本相撲史』(中村東民、1978年)より》

あの社会では何人も人を殺めたり、刑の重い者、力の有る者が上に立つのである。だから、「この際押さえて置かぬと彼等がのさばる様になるから」と話がきまり、受けて立つ事になった。 一騎当千の豪傑が10名程居られたが、名指しする訳にもゆかず、年長者が「この際、皆の為に試合を受けてくれる者はいないだろうか」と話されると、あの時代の日本人は「 ...

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島流し物語=監獄島アンシェッタ抑留記=特別寄稿=日高徳一=(11)=運動会の種目に「牢破り」=リオのサンバ慰問団がショー

戦前のバストス移住地の相撲大会の様子《『ブラジル日本相撲史』(中村東民、1978年)より》

 前日から20名ほどの青年がその準備にかかり、相撲の土俵も出来、広場の中央に柱を建て、万国旗の代わりに紅白の小旗を八方に飾り、立派な会場が出来上がった。 午前中は相撲、プロミソン出身の鈴木光威君が優勝、彼は有名な鈴木貞次郎南樹の甥である。2位はツパンの泉沢春雄君。元気な者ばかりであるから大熱戦であった。 午後は盛沢山のプログラム ...

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島流し物語=監獄島アンシェッタ抑留記=特別寄稿=日高徳一=(10)=島抜け脱獄の唯一の成功譚=刑務所内で特別に天長節祝う

終戦直後にノロエステ線ヴァルパライゾの植民地で祝われた紀元節(山村保生さん所蔵)

 現在は知らぬが、当時は暴力による脱獄でなければ、何回やり損なっても刑期は増えないので、普通の牢だとトンネルを掘ったり鉄格子を切ったりして脱獄する。島では、あとの仕置きが恐ろしく脱獄は一人しかなかったのだ。 脱獄した男は再逮捕されて島に送られて来て居たが、「カルネ・セッカ」との異名を持つ北伯の殺し屋だった。土地問題でファゼンデイ ...

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島流し物語=監獄島アンシェッタ抑留記=特別寄稿=日高徳一=(9)=古強者が泣いて許し請う刑罰=一鞭で悲鳴を上げて倒れる

現在でも新聞記事に出てくることがあるウンビーゴ・デ・ボイ

 その時、皆を外に出し三室の検査を行い佐藤正信さんの調べでは現金30コントス余り、そのほか写真機などの貴重品は持ち去られ、そのままになってしまった。「重傷者1名(谷田さん)、軽傷者36名」となっているが、果たしてそんなに負傷者があったか、正直言って記憶にない。 後日、看守長のポルトガル軍曹が、「真面目な2号室に暴力を振るったのは ...

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島流し物語=監獄島アンシェッタ抑留記=特別寄稿=日高徳一=(8)=6号室が反乱の檄飛ばす=看守棍棒で手当たり次第殴る

刑務所の見取り図

 6号室の室長、大美頼夫氏とは余り面識はなかったが大言壮語する人で、彼等の云うままになる事はないと所の方で大目に見てくれていた。それを良い事にして、彼は規則に反する事をしていて、事務所に勤めて居られた日本人の方を困らせて居たそうである。 問題を起こしたマンジョッカ組は十名程で4号室と6号室の人達であった。1アルケールにも満たない ...

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島流し物語=監獄島アンシェッタ抑留記=特別寄稿=日高徳一=(7)=試される日本人収監者=野火の延焼を食い止める

1946年に撮影された記念写真(矢崎さん提供)

 我々を試そうとしている事は、彼等の口振りで判った。年長の谷口正吉と共に二十余名は、運動不足であるが全員一致で登る事になった。谷口正吉が「時間は制限されていない。我先に登っては、一人が転ぶと何人か一緒に転落する。6、7名が横一列になり、間隔を置き、焦らず互いにかけ声を掛け合って昇れば一人の失敗もない」と自信をつけて下さったので、 ...

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島流し物語=監獄島アンシェッタ抑留記=特別寄稿=日高徳一=(6)=山内「踏絵より死を選ぶ」=各人技量を発揮して生活向上

山内健次郎さん(父)、房俊さん(山内健次郎著『世界大戦の余波』より、自家版)

 本家さんは自分達の同志であり、山内さんは臣道聯盟ツパン支部の幹部の子息で、嫌疑をかけられ父子ともオルデン・ポリチカ政治警察)に連れて来られ取り調べをうけた。父親が聯盟員と云うだけで、釈放するのに、各地の警察内で我が物顔にしていた自警団、彼らの発案であろう踏絵、敗戦を認識する事を誓う書類に署名する事を強要させられた。 山内さんは ...

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島流し物語=監獄島アンシェッタ抑留記=特別寄稿=日高徳一=(5)=軍隊式の起床ラッパ生活=能力発揮した日本人収監者

刑務所の全景(1946年、矢崎さん提供)

 反対側(註=認識派)の日本人が宣伝し、マスコミが「臣道聯盟によって組織され訓練され、また日本の黒竜会との関係のある殺人団体である」と看守らには吹きこまれていた様だ。彼らは始めのうちは用心したらしいが、日本で高等教育をうけた方や各地で大きく事業をしていた方も居られ、他の人達も各々に一家を構えた方が多かった。日常の生活振りで彼等に ...

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