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《ブラジル》8月の各インフレ指数発表=7月に比べ若干の上昇

 ブラジルで、賃貸不動産契約をインフレ調整する時などに使われる、総合市場物価指数(IGP―M)の8月の数値は、プラス0・1%を記録した。  この数値は、リオのジェトゥーリオ・バルガス(FGV)財団が、30日に発表したものだ。 このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。お願い ログイン. あなたは会員ですか ? 会員について

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《ブラジル》サトウキビ収穫量微減の予想=生産性が高まり問題ないと農務省

ブラジル中部マット・グロッソ州でのサトウキビ収穫の様子(Mayke Toscano/Gcom-MT)

ブラジル中部マット・グロッソ州でのサトウキビ収穫の様子(Mayke Toscano/Gcom-MT)  ブラジルの2017年8月から18年7月にかけて(17/18農年)のサトウキビの予想収穫高は6億4634万トンで、16年8月から17年7月に記録した6億5718万トンと比べて1・7%減少すると、24日に国家配給公社(Conab) ...

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わが移民人生=おしどり米寿を迎えて=山城 勇=(3)

 この狭少な農地で主な農産物と云えば、甘蔗(サトウキビ)と甘藷(サツマイモ)で他に大豆や野菜類がある。そのうち換金作物となるのが甘蔗と甘藷である。小さい島の小規模の農業だから、極く集約的農業で収穫量も微々たるものである。  最近では花卉の栽培が盛んになり、本土に花のない時期を目当てに出荷する対策が講じられているようである。  幼 ...

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伯国発見直後の或るユダヤ人=「パウ・ブラジル商人」の肖像=聖市ヴィラ・カロン在住 毛利律子

フェルナン・デ・ノローニャ島の場所(ウィキペディアより)

 ブラジル北東部のペルナンブッコ州とアフリカ大陸の間の大西洋に、「フェルナンド・デ・ノローニャ島」という国内屈指の観光地として繁栄している群島がある。2001年に世界遺産リストに登録され、登録名は「フェルナンド・デ・ノローニャ諸島とロカス環礁の保護区群」である。  そこは、フェルナンド・デ・ノローニャ島を中心に、20の火山島など ...

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《ブラジル》県連故郷巡り=「承前啓後」 ポルト・ヴェーリョとパウマス=(26)=約5ヘクタールを500レアルで購入

谷口エドゥアルドさんと妻イザウラさん

 トカンチンス日伯文化協会の創立は1996年6月20日。パウマスの町が始まって6年目だ。会館は日本政府の支援で、移民百周年の直前、2007年に建設された。故郷巡り一行が来たすぐ後に、ブラジリアの日本国大使館によって草の根を使った体育館建設援助の署名式も行われた。  日本語教室もあり現在の生徒は12人。和太鼓は十代の若者が15人い ...

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《ブラジル》県連故郷巡り=「承前啓後」 ポルト・ヴェーリョとパウマス=(20)=地の果てが「フロンテイラ」に

左から門脇マルガリーダさん、山田康夫団長、門脇道雄さん、竹中清さん、竹中芳江さん、田辺恵子さん、田辺俊介さん(「カフェ・ド・バッチャン」で)

 門脇道雄さんはしみじみいう。「父はよく、こう言ったものです。『ロンドニアにまっすぐ来たが、それでよかった』と。昔は皆、まずサンパウロやパラナを目指した。だけど、時代はまわり巡って、今では彼らやその子孫が、ロンドニアを目指すようになった。『自分たちは最初からここを目指して正解だった』とね。まあ、自分が苦労した慰めを言っていたんで ...

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サンパウロ州サウチーニョ=中絶断った女性殺される=会社の上司が犯行認める

 サンパウロ州内陸部のリオ・ダス・ペドラス地方のサトウキビ畑で26日、24日から行方不明となっていたサウチーニョ市在住のデザイナナー、デニーゼ・ステラさん(31)が絞殺体となって発見され、会社の上司のクリスチアノ・ロムアウド容疑者(39)が犯行を認めた。  警察によると、ロムアウド容疑者は服飾会社の上司で、妻もいたが、妻に隠れて ...

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サンパウロ州内陸部=強盗が現金輸送車爆破、警官死亡=近隣住民はお札を求めて街道へ

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MuBe=日本製の生活雑貨等を展示=第31回パラレラ・ギフト展

製品を見る来場客

 聖市西部ジャルジン・エウロパ区のサンパウロ彫刻美術館(MuBe、Av. Europa, 218)で9日から開催されている「第31回パラレラ・ギフト展―デザイン・装飾市場」で、日本貿易振興機構(Jetro)が日本の中小企業12社の製品を展示している。  同展示会は販売契約を結ぶ場でもあるため、デザイナーや小売業者ら専門家のみが入 ...

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メキシコ革命に関わった日本人移住者=1906年に数百人が入植=セルヒオ・エルナンデス・ガリンド(訳:アルベルト・松本)=(上)=過酷な農作業や炭鉱労働

馬場称徳氏。日本政府を代表してパンチョ・ビジャ将軍との交渉役(セルヒオ・エルナンデス氏所蔵コレクション)

 1910年が終わろうとしていた頃、メキシコでは対照的な二つの出来事が起きた。その一つが、9月には盛大に行われた独立100周年記念式典である。そこでは、統一された近代国家をアピールされ、国民も喜びと愛国心に満ちていた。30年にわたり強い指導力で国を統治してきたポルフィリオ・ディアス大統領の願いが濃く現れたものであった。年老いた独 ...

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